坂本龍馬と言えば、自由闊達な発想と行動力で新時代を切り拓いた、幕末維新の風雲児として広く知られています。
日本の夜明けを見ることなく非業の死を遂げたことも、悲劇の英雄としての人気を高める一因となったことでしょう。
しかし今回は、坂本龍馬が「本当に純粋無垢な救国のヒーローだったのか」という視点から、彼の事業をたどってみたいと思います。
死の商人だった亀山社中

日本初の株式会社と言われる亀山社中(後に海援隊)。龍馬ヒーロー史観では志ある若者たちの集団として好意的に紹介されてきました。しかし実際やっていることは「死の商人」に他なりません。
①まず孤立していた長州藩に対して「武器を買ってあげますよ」と持ちかけます。
②次に薩摩藩の名義で、長崎のグラバー商会から武器を買って武器を購入します。
③そして長州藩へ武器を引き渡し、代金(薩摩藩へ)+マージン(自社利益)を受け取ります。
現代の国際社会で喩えるなら、経済制裁を受けている軍事国家に対して武器を密輸するようなものです。
これも「日本の夜明け」を迎えるため、と言えば聞こえはいいものの、実にグレーなビジネスモデルだったと言えます。
もちろん現代とは政治情勢も価値観も大きく異なるため、これを一概に悪と断じるつもりはありません。
龍馬にしてみれば「需要があったから供給して、利益につなげたまで。何が悪い」と言ったところでしょう。
ブローカーとして薩長同盟を仲介

冷徹なビジネスマンとしての才覚は、薩長同盟でも発揮されました。
薩摩藩には「兵糧が欲しい、徳川幕府を討つため、どこかと軍事同盟を組みたい」というニーズがあります。
長州藩には「武器が足りない、四面楚歌の窮状を脱したい」というニーズがありました。
どちらも「このままでは立ちいかない(薩摩藩は飢えてしまう、長州藩は攻め滅ぼされてしまう)」という切迫した事情があったのです。
だったら手を組んで、お互いに資源をシェアすればいいじゃないか……ということで、龍馬がブローカー(仲介業者)として同盟を媒(なかだち)したのでした。
薩摩藩には、兵糧と仲間を。そして長州藩には、武器と仲間を。あくまでも「日本を洗濯する」という大義名分は掲げつつも、決して「争いを止めて力を合わせよう」という綺麗ごとではありません。
この薩長同盟の成功を通じて、龍馬はブローカー(仲介人)としてのブランドと影響力を確立。もちろん双方から相応の報酬を得たことでしょう。
大政奉還で「裏切り者」に!?

そして徳川幕府から朝廷へと政権を返上させた大政奉還。これは経営者・徳川慶喜に対して「今の会社(幕府)を解散して新たな会社(朝廷による新政府)の傘下に入り、そこで筆頭株主になる」ことを勧めるようなものでした。
もし武力討幕(内戦)が勃発すれば、日本国の資産価値が大きく損なわれ、欧米列強という外資ハゲタカファンドに買収されてしまう……それを予防するための良策であったと言えるでしょう。
しかし新政府の実権を握りたい薩長藩閥とすれば、龍馬の目指すところは許しがたい裏切り行為に映ったはずです。
薩長藩閥とすれば、あくまで目的は「徳川幕府を滅ぼす」こと。すなわち「関ヶ原の雪辱を果たすこと」でした。その目的から逸脱する龍馬に対する評価は「利用価値」よりも「自分たちの利権が破壊されるリスク」が上回っていったことでしょう。
これまで調整型リーダーシップを発揮し、重宝されてきた龍馬は、ここへ来て危険人物としてマークされることとなったのです。
なぜ龍馬は暗殺された?明快な理由

龍馬が暗殺された理由については諸説あるものの、そのすべてに「既得権益を脅かした」点が共通しています。
身分制度を飛び越えて脱藩者(既存社会からのはみ出し者)を掻き集め、新たなビジネススタイルの確立に奔走しました。
それが権力者・既得権益者の掌で制御できる内はよかったのですが、調整型リーダーシップを発揮して巨大なネットワークが構築されてくると、彼らの手に負えなくなっていきます。
やがて「既得権益を脅かすリスク」が「生かしておく利用価値」を上回ったので、龍馬の暗殺に踏み切ったのでしょう。
たとえ近江屋事件で難を逃れたとしても、遠からずどこかで命を落としていたものと思われます。
かくして、知恵と度胸と行動力で日本国を揺るがしかけた、一代の風雲児・坂本龍馬は非業の末路をたどったのです。
終わりに

今回は幕末維新の立役者であった悲劇のヒーロー・坂本龍馬が持つ「死の商人」「ブローカー」としての一面を紹介してきました。
どこまでもクリーンな英雄としてより、こうしたダーティな面から見ると、龍馬の人間的な魅力が浮き彫りになります。
ホラを吹いて武器を売り、商機と見れば計算高く利ザヤを稼ぐ。いかにも「汚い」立ち回りかも知れませんが、彼には日本を洗濯して国を守りたいという志があり、それを見失うことはありませんでした。
その大器こそが龍馬の魅力であると同時に強みであり、しかしながらそれを理解できない者たちから粛清される弱みであったとも言えるでしょう。
※参考文献:
- 榊原 英資『龍馬伝説の虚実 勝者が書いた維新の歴史』朝日新聞出版、2010年7月
- 田中一成『坂本龍馬と幕末維新』幻冬舎ルネッサンス、2013年12月


