「……それは”いたみ諸白(もろはく)”……」
※NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第16回放送「さらば源内、見立ては蓬莱」より
蔦屋重三郎(横浜流星)が口にしていたこの地口(ダジャレ)。痛み入り申す(痛み申す)+諸白という構成は分かりますが、この諸白とは何でしょうか。
今回はこの諸白について調べたので、紹介したいと思います。
諸白について

諸白とは日本酒の一種、というか等級で、高級清酒を指しました。
日本酒を醸造する時は、発酵のタネとなる麹米(こうじまい)と、麹米によって発酵させる掛米(かけまい)を使います。
この麹米と掛米は精米した白米であったり未精米の玄米であったりするのですが、いずれも白米を用いた酒が諸白。つまり両白(もろはく。両方白米の意)です。
となると麹米と掛米のどちらか片方だけに白米を使った酒が片白(かたはく)、どちらも玄米を使った酒は並酒(なみざけ)と呼ばれました。
やがて諸白と中汲へ二分

また濁り酒の上澄みを汲んだものを中汲(なかぐみ)と呼びます。諸白などとは本来ジャンルが異なり、本来は比較的高級酒の扱いでした。
しかし時代が下るにつれて、高級酒を諸白、一般酒を中汲と呼び分けるようになっていきます。
【江戸時代における日本酒の等級まとめ】
- 諸白:麹米と掛米の両方に白米を用いた高級酒。
- 片白:麹米と掛米のどちらかに白米を用いた次級酒。
- 並酒:麹米と掛米のどちらも玄米を用いる一般酒。
- 中汲:濁り酒の上澄みを汲んだもの。元来は比較的高級酒だが、のち諸白に対する一般酒の代名詞に。
※一般的な呼び分けであり、例外もある。
ちなみに中汲よりもランクの劣るであろう濁り酒のドロっとした部分に、名前はあるのでしょうか。
調べた限り見つかっていませんが、これは売り物にならない濁酒(どぶろく)として、造り手たちが呑んでいたものと思われます。
「いたみ」について

諸白について分かったところで、「いたみ」の部分についても掘り下げてみましょう。
「いたみ諸白」の「いたみ」には、こんな意味がかけられているようです。
- 伊丹諸白。現代の兵庫県伊丹市あたりで造られてきた銘酒。
- 傷み諸白。そんな伊丹の諸白を江戸まで運んでくれば、傷んでしまう。転じて痛み入る意か。
そもそも「痛み入る」って今どきあまり使いませんが、どういう意味でしょうか。
痛み入るとは「痛いほど身に染み入っている」意味で、大抵は感謝を表す時に使います。
劇中の蔦重も、さぞ痛み入っていたことでしょう。
江戸時代の酒売りたち

そんな諸白や中汲を商っていた酒売りたちは、棒手振り(ぼてふり。振売りとも)スタイルが基本でした。
「中汲~諸白~」
なんて掛け声も元気よく、天秤棒に酒樽を掛けながらお江戸の街を回ります。
「よぅ、中汲を一合くんな」
「へぃ毎度!」
客に呼び止められると酒を量り売り、枡に漏斗(じょうご)が必需品でした。
売れれば売れるほど担ぐ酒樽も足取りも軽く、懐は重くなっていく塩梅。その逆は……考えたくありませんね。
「旦那。最後の諸白、おまけするんで買いませんか?」
「それっきりばっかし、自分で呑みゃあいいじゃねぇか」
「そうしてぇのはヤマヤマなんですがねぇ……」
なんて会話も交わされていたことでしょう。
終わりに・いたみ諸白まとめ

いたみ諸白とは?
- 痛み入り申す+諸白(高級清酒)のダジャレ
- 伊丹の銘酒が傷み申す
今回は地口「いたみ諸白」について、掘り下げて紹介しました。
NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」では、まだまだ地口が登場することでしょう。
横浜流星に親父ギャグなんか言わせるんじゃない!という声が聞こえて来そうですが、これからも楽しみにきています。
※参考文献:
- 加藤百一『酒は諸白 日本酒を生んだ技術と文化』平凡社、1989年4月