New! 清少納言の兄弟・戒秀の最期

【光る君へ】人間そんなもんだよね…清少納言『枕草子』が描く除目シーズンの一幕

古典文学
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とかく人間というヤツは、強気を助け弱きをくじく世の習い。

ちょっと出世すれば会ったこともない親戚や友人が増える一方、ちょっと何かしくじりでもした日には、親兄弟すら赤の他人……なんて話は枚挙に暇がありません。

そんな調子のよさは今も昔も変わらぬようで、平安時代の随筆『枕草子』にこんな逸話がありました。

もしかしたら、似たような経験を持っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

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除目に司得ぬ人の家……

「今年こそは国司に……」景気づけに一杯(イメージ)

【意訳】世の中で何が残念かって?そりゃあなた、除目(じもく)で官職にあずかれなかった人と、その一家だよね。

……今年は必ずと聞きて、はやうありし者どもの、ほかほかなりつる……

【意訳】毎年、除目のシーズンになると「今年こそは行けるでしょ!」と期待して、気の早い連中がわさわさと集まって来るんだよ。

……田舎だちたる所に住む者どもなど、みなあつまり来て、出入る車の轅もひまなく見え、もの詣でする供に、我も我もと参りつかうまつり……

【意訳】田舎に住んでいる連中も一族総出でやって来て、門前には牛車の轅(ながえ)がぎっしり。

ちょっとプレッシャーから逃れたいのか、当人が「ちょっと物詣(ものもうで。成就祈願)に行ってくるよ」なんて言っても逃がしてくれない。

「だったら俺も一緒に行くよ」「私もお参りします」我も我も……と団子状態でお参りです。

何でこうまでするかって?そりゃあなた、いざ除目で任官した際は恩を着せるために決まってますでしょう。

……物食ひ酒飲み、ののしりあへるに、はつる暁まで門たたく音もせず、あやしうなど、耳たてて聞けば、前駆追ふ声々などして、上達部などみな出で給ひぬ。……

【意訳】まぁ他にすることもないので、とりあえずみんなよく来てくれたと酒食を出してもてなします。

みんないい気分になって、どこの国司がいいだの何だの、うるさいったらありゃしません。

しかしいつまで経っても辞令の使者は来ないまま、気づけば前駆(さきがけ。先導役)に続いて上達部(かんだちめ。上級貴族)たちが大内裏から帰っていく。

ということは、すでに除目は終わったということ。

え?まだウチには何の辞令も来ていないんだけど……?

……もの聞きに宵より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを見る者どもは、え問ひだにも問はず、ほかより来たる者などぞ、「殿は何にかならせ給ひたる。」など問ふに、いらへには「何の前司にこそは。」などぞ、必ずいらふる。……

【意訳】一体どういうことなのか?やがて使いに出していた下男が戻る。寒さに震えるあわれな姿に、なかなか声をかけることが出来ない中、誰かが何とか訊いてみました。

「で、ウチの殿は何になった?」

「……前司(さきのつかさ)にございます」

前司とは元職のこと。つまり「今回は何の官職にもあずかれなかった」という意味です。

……まことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人二人すべり出でて去ぬ。……

【意訳】除目にあぶれたと分かれば、長居は無用。それまで館じゅうを隙間なく埋めつくしていた者たちは、一人二人と逃げ出していきました。

……古き者どもの、さもえ行き離るまじきは、来年の国々、手をおりてうち数へなどして、ゆるぎ歩きたるも、いとをかしうすさまじげなる。……

【意訳】すっかり人も少なくなったところ、つき合いの長い者たちは立場上、なかなか立ち去れない。
あっさり見捨てたら周囲から批判されるし、今後こいつが出世した時に困りますからね。

やがて踏ん切りをつけるように「まぁ、来年に期待しよう」などと励ましてみたり指折って何か計算するフリをしたり。

ひとしきり気休めの儀式を終えて、フラフラと立ち去っていく姿は、それはもう残念極まるものですね。

終わりに

「ダメだったか……」がっかりする一同(イメージ)

除目に司得ぬ人の家。今年は必ずと聞きて、はやうありし者どもの、ほかほかなりつる、田舎だちたる所に住む者どもなど、みなあつまり来て、出入る車の轅もひまなく見え、もの詣でする供に、我も我もと参りつかうまつり、物食ひ酒飲み、ののしりあへるに、はつる暁まで門たたく音もせず、あやしうなど、耳たてて聞けば、前駆追ふ声々などして、上達部などみな出で給ひぬ。もの聞きに宵より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを見る者どもは、え問ひだにも問はず、ほかより来たる者などぞ、「殿は何にかならせ給ひたる。」など問ふに、いらへには「何の前司にこそは。」などぞ、必ずいらふる。まことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人二人すべり出でて去ぬ。古き者どもの、さもえ行き離るまじきは、来年の国々、手をおりてうち数へなどして、ゆるぎ歩きたるも、いとをかしうすさまじげなる。

※清少納言『枕草子』より

今回はすさまじきもの(興ざめな、残念なもの)として「除目に司得ぬ人の家」を紹介しました。

こういう手のひら返しは世の常で、もし彼が国司にでも任官すれば、どっと人が集まるのでしょうね。

とは言え、当時の人々にとって官職にあずかれるか否かは死活問題。家族を食わせていくためには、なりふりなんて構っていられなかったのでしょう。

やれ絆だ友情だなんて言っていられるのは、ある程度の余裕があればこそ。

出世の有無に関わらずある程度は生きていけて、仲間を大切にできる現代社会の恩恵を実感させられますね。

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