New! 秀吉の馬印「千生瓢箪」の由来は?

【豊臣兄弟!】秀吉の馬印・千成瓢箪はなぜ生まれた?『絵本太閤記』をひもとく

戦国時代
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大河ドラマ「豊臣兄弟!」皆さんも楽しんでいますか?

小一郎(仲野太賀)と藤吉郎秀吉(池松壮亮)は日頃から瓢箪を腰にぶら下げ、戦場では秀吉がかぶる兜に、瓢箪の前立をつけています。

兜に瓢箪の前立をつける秀吉(右)。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

オープニングでも瓢箪が出てくるように、瓢箪は豊臣兄弟の天下獲りを象徴するアイテムとなりました。

やがて後世に、秀吉の馬印(大将に許された目印。馬験)として有名な千成瓢箪(せんなりびょうたん)が生まれたのです。

今回は『絵本太閤記』より、千成瓢箪の誕生秘話を紹介。果たしてどんな経緯があったのでしょうか。

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稲葉山城攻めがキッカケ?

稲葉山城へ単身潜入する秀吉。よく見ると、目印用の大きな瓢箪を背負っている。月岡芳年「月百姿 稲葉山の月」

時は永禄10年(1567年)、美濃の斎藤竜興(濱田龍臣)が立て籠る稲葉山城を信長が攻略しました。

秀吉が単身城内へ潜入し、二ノ丸の兵糧庫へ火を放ちます。

首尾よく火の手が上がり、秀吉は城外で待機する小一郎の部隊に「作戦は成功、ただちに攻撃を開始せよ」と合図を送りました。

秀吉が送った合図は槍の先に瓢箪を刺したもので、これを見た小一郎らが城へ夜襲をかけます。

果たして稲葉山城は陥落し、竜興は国外へ逃亡していきました。

この報告を聞いた織田信長(小栗旬)は面白がり、今後は武功を一つ立てるたびに、瓢箪を増やしていくように命じます。

以来、秀吉は瓢箪を自身の馬印とし、武功のたびに瓢箪を増やし続けたのでした。

なぜ秀吉は瓢箪を選んだ?

瓢箪の前立をつける秀吉その2。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

……是より後瓢箪を馬印にし、戦功有毎(あるごと)に小き瓢(ひさご/ふくべ)を一つ宛増ける(あてましける)にぞ、千生瓢箪(千成瓢箪)とて其名(そのな)天下に普(あまね)く高し……

※『絵本太閤記』より

これが後世に伝わる千成瓢箪……と言われますが、戦国当時の一次史料にそのような記録はなく、後世の創作と考えられています。

とは言え秀吉が千成瓢箪を馬印としたのは確かであり、史料の裏づけこそなくても、何かしらの理由があったはずです。

瓢箪は多くの実をつけるため、昔から子孫繁栄・事業発展の縁起物として喜ばれてきました。

きっと秀吉も、それにあやかろうとしたのでしょう。

ちなみに小一郎(秀長)の馬印は?

兄の千成瓢箪に対して、弟の馬印は?(イメージ)

秀吉の馬印が千成瓢箪なら、小一郎秀長の馬印も気になりますね。

大村由己『柴田退治記』によると、小一郎は「一瓢之馬験(いっぴょう/ひとつふくべのうまじるし)」を用いていたそうです。

豪華絢爛これでもか!とばかりに瓢箪をてんこ盛りした兄と比べて、控えめな性格だったのでしょうか。

あるいは弟であっても、あくまで自分は千成瓢箪の数ある一つ(一家臣)に過ぎないことを自戒していたのかも知れませんね。

終わりに

瓢箪の前立をつける秀吉その3。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

今回は豊臣兄弟の馬印である千成瓢箪(藤吉郎秀吉)と一瓢(小一郎秀長)について紹介してきました。

同じ瓢箪でも、そのあしらい方に兄弟の性格差が出ているようです。

果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、これらの馬印がどのように登場するのでしょうか。

これからも楽しみに注目しています。

※参考文献:

  • 歴史の謎を探る会 編『秀長と秀吉 豊臣兄弟の謎がわかる本』河出書房、2025年9月
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