【役名】誰袖（たがそで）
“疑惑の金”で身請けされた、蔦重を慕う当代一の花魁(おいらん)吉原の新興勢力・大文字屋の遊女。禿（かむろ）上がりの振袖新造（ふりそでしんぞう）の時には「かをり」と名乗り、蔦屋重三郎（横浜流星）に一方的な恋心を抱いていたが、その想いはやがて・・・。そして成長し、吉原を代表する花魁となる。
その後、老中・田沼意次の“懐刀”ともいえる勘定組頭を務めていた幕臣・土山宗次郎に祝儀を含めて1200両という莫大な金額で身請けされ、江戸中にその名を広めることとなる。しかし、その金の出所についてある疑惑が生まれ、やがて吉原と江戸幕府、そして蔦重と誰袖の人生を揺るがす大事件へと発展していく・・・。
※NHK大河ドラマ「べらぼう～蔦重栄華の夢噺～」公式サイトより。
劇中でもちょくちょく登場しては蔦重にアプローチする彼女。後に当代一の花魁「誰袖(たがそで)」となるのですね。
ところでこの誰袖とはどんな遊女だったのでしょうか。
今回はこちら誰袖について調べてみました。大河ドラマを楽しむご参考にどうぞ！
誰袖・源氏名の由来は
誰袖の出自は不明、その源氏名はこちらの和歌に由来します。
色よりも 香(か)こそあはれと 思ほゆれ
誰が袖ふれし 宿の梅ぞも※『古今和歌集』詠人知らず
【意訳】梅の花は、色よりも香りにここ趣を感じられる。この香りは、誰の袖に振られたものだろうか。
この和歌から転じて、袖に仕込む匂い袋のことを誰袖と呼ぶようになったということです。
誰袖は室町時代から武家を中心に流行したそうで、従来の室内で香を薫(た)きしめる薫物(たきもの)から、香りを携帯して気軽に楽しめるようになりました。
大文字屋の呼出花魁
誰袖は大文字屋の抱えとなっていた遊女で、吉原細見にもしばしば登場します。
例えば『吉原細見五葉枩(～ごようのまつ)』天明3年(1783年)には、呼出(よびだし)として誰袖の名前が出ていました。呼出とはその名が示す通り、最初から見世に出るのではなく、呼び出されたら初めて自室からお迎えに出ていく身分。つまり相当に高級ランクの遊女です。
また北尾政演(まさのぶ。山東京伝)が翌天明4年(1784年)に出した『吉原傾城 新美人合自筆鏡(～けいせい しんびじんあわせ じひつかがみ)』や『青楼名君自筆集(せいろうめいくん じひつしゅう)』にもその姿が描かれていました。
しかし同年の吉原細見からはその名が削られており、これらの出版前には吉原遊廓を去ったものと考えられます。
短い結婚生活
誰袖を身請けしたのは旗本の土山宗次郎(つちやま そうじろう)。田沼意次の側近で、勘定組頭(かんじょうくみがしら)を勤める能吏でした。
身請けの金額は、なんと1,200両。かつて鳥山検校が五代目瀬川を身請けした1,400両には及ばずとも、1両10万円とすれば約1億2,000万円という巨額です。
それほどの美女だったのでしょう。誰袖の評判は江戸じゅうに広がり、当代一の花魁と評されたのでした。
かくして生きて大門を出られた誰袖。しかし1,200両の出どころが怪しまれ、ついに横領が発覚してしまいます。
土山宗次郎は逃亡し、平秩東作(へづつ とうさく)に匿われていましたが、結局は捕らわれて斬首されてしまいました。
時に天明7年(1787年)、誰袖の結婚生活はこうして幕を下ろしたのです。
その後、誰袖がどのような運命をたどったのか、詳しいことは分かっていません。瀬川のように再婚して、少しでも穏やかな余生を送れかしと願うばかりですね。
狂歌の才能もあった誰袖
ところで誰袖は狂歌を詠んでおり、天明3年(1783年)正月の『萬載狂歌集(四方赤良・朱楽菅江 編)』にはこんな狂歌が残っています。
わすれんと かねて祈りし 紙入れの
などさらさらに 人の恋しき※恋12-489
【意訳】忘れたいと思っているのに、あの人から貰った紙入れを見ると、ますます恋しさが募ってしまう。
【本歌】
多摩川に さらす手作り さらさらに
何ぞこの児の ここだ悲しき※『萬葉集』東歌
誰袖はただ美貌だけでなく、当時の遊女たちと同じく教養にも富んでいたようです。
誰袖・基本データ
- 実名：不詳
- 出身：不詳
- 出自：不詳
- 家族：不詳
- 源氏名：誰袖(古今和歌集に由来)
- 職業：遊女
- 所属：大文字屋(吉原遊廓)
- 職位：呼出花魁
- 教養：狂歌など
- 伴侶：土山宗次郎
- 身請：1,200両(身代金)
- 結婚：天明4年(1784年)～天明7年(1787年)
終わりに
今回は”疑惑の金”で身請けされた当代一の花魁・誰袖について、その生涯をたどってきました。短い人生を、可能な限り謳歌して欲しいと願うばかりですね。
果たしてNHK大河ドラマ「べらぼう～蔦重栄華乃夢噺～」では、蔦重との関係がどのように描かれていくのか、楽しみにしています。
※参考文献：
- 賀川隆行『日本の歴史11 崩れゆく鎖国』集英社、1992年7月
- 宇田敏彦 校註『万載狂歌集 江戸の機知とユーモア』角川ソフィア文庫、2024年12月
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