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【歴史旅】源義経を祀る品濃白旗神社に参拝。JR東戸塚駅から歩いて3分!

伝承民俗
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先日、所用があって東戸塚(神奈川県横浜市)へ行ってきました。すると目的地の近くに「白旗神社」が鎮座しています。白旗と言えば源氏の証し、こちらには誰が祀られているのでしょうか。

筆者撮影(c)歴史屋

予定まで少し時間があったので、さっそく参拝させていただきました。という訳で、今回はこちら品濃白旗神社(しなの しらはたじんじゃ)を紹介したいと思います。

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品濃白旗神社の略史

社伝によりますと、品濃白旗神社の創建は鎌倉時代中期の康元2年(1256年)。今から700年以上も昔ですね。

源義経肖像。中尊寺蔵

御祭神は源平合戦で活躍した悲劇の英雄・源義経(みなもとの よしつね)。彼の遺勲を慕う人々がこの地に多くいたのかも知れません。

また天照大御神(あまてらすおおみかみ)や豊受姫命(とようけひめのみこと)が合祀されており、もしかしたら元々お伊勢様があったところへ、義経を慕う地元民が跡から義経を合流させた(合祀した)可能性も考えられます。

※この辺りについて、詳しいことはいまだ分かっていないようです。

ちなみに「白旗神社」と称する神社は神社本庁の傘下に80数社あると言いますが、そのうち義経を祀る神社は8社とのこと。その一社がここなので、かなり貴重な義経スポットと言えるでしょう。

社殿は戦国時代の天正3年(1575年)、江戸時代末期の天保11年(1840年)に改築させた記録があり、大正12年(1923年)の関東大震災で倒壊してしまいました。

この時、氏子にはまったく被害がなかったそうで、当時の部落長であった金子鉄五郎(かねこ てつごろう)氏は神恩に感謝する和歌を献詠します。

宮柱 うちくだけても 倒れても

氏子の怪我 なきぞ尊き

【意訳】神社の柱が砕け、倒れてしまったのは、きっと私たちを守る身代わりとなって下さったのだ。何とありがたいことであろうか。

神々の御恩に報いようと奮い立った村人たちは、翌大正13年(1924年)に社殿の再建を果たします。竣功日の9月28日が例大祭(神社で最も大切な祭礼)になりました。

しかし平成19年(2007年)12月13日、不審火によって社殿が焼け落ちてしまったと言います。火元の不始末か、あるいは心無い者の放火でしょうか。

それでも氏子崇敬者はくじけることなく力を合わせ、平成24年(2012年)10月20日に社殿の復活を遂げたのでした。

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品濃白旗神社・境内はこんな感じ

さて、歴史を振り返ったところで、さっそく現地を見て行きましょう。

遥拝所でお参りしても、社殿でお参りしたのと同じ礼を尽くしたことになります。筆者撮影(c)歴史屋

まず石造りの大きな鳥居をくぐると、石段の左脇に遥拝所が設けられています。けっこう急な石段を登るのが大変な方は、ここから拝礼できるので便利ですね。

遥拝所から更に左手を見ると、ひっそりとたたずんでいる慰霊碑。これは向かって右側面の石板(顕功誌)を見ると分かりますが、大東亜戦争(太平洋戦争)における戦没者の英霊並びに戦争犠牲者を追悼する目的で建てられているもの。

ちょっと目立たない位置にある慰霊碑。もし時間がある方は「顕功誌」に目を通して欲しいです。筆者撮影(c)歴史屋

現代の平和な日本は、彼らのお陰で受け継がれてきました。この平和を未来に受け継ぐためにも、彼らに感謝の意を奉げたいものです。

子育て中?筆者撮影(c)歴史屋

さて、石段を登っていくと途中の踊り場に獅子と狛犬が鎮座。厳めしくもユーモラスな表情が印象に残ります。さて、もう一息。

筆者撮影(c)歴史屋

石段を登りきると広場の真ん中に平成24年(2012年)に再建された5代目の社殿が堂々と鎮座していました。左手にはお稲荷様と思しきお社×2社、右手には近所中から移転されたらしい石の祠がずらりと勢ぞろいしています。

社殿の右手に勢ぞろいする祠たち。筆者撮影(c)歴史屋
社殿左手の小高い場所に並ぶお社。筆者撮影(c)歴史屋

【公式サイトによる補足】

末社1、社殿右手の赤いお社……倭建命(やまとたけるのみこと)と須佐之男命(すさのおのみこと)の二柱。

末社2、社殿左手の小高い場所に鎮座する右側のお社……木花佐久夜比売命(このはなさくやひめのみこと)

末社3、社殿左手の小高い場所に鎮座する左側のお社……蔵王権現(ざおうごんげん。仏教の神)

また絵馬かけには氏子崇敬者たちの願い事が所狭しとかけられていました。源氏の家紋として有名な笹竜胆があしらわれたオリジナル絵馬がいい感じ。皆さんの願いが叶うといいですね。

義経がデザインされた別バージョンもあるらしい。筆者撮影(c)歴史屋

二礼二拍手一礼でお参りすると、涼しい風が境内を吹き抜けます。ずっと涼んでいたいところですが、そろそろ時間が迫ってきたので、名残惜しくもお暇したのでした。

全体的な所用時間は5~30分といったところでしょうか。ちょっと寄ることもできるので、お近くを通られましたら、ぜひ参拝をお勧めします。

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品濃白旗神社・略年表

康元2年(1256年)創建
天正3年(1575年)社殿を改築
天正18年(1590年)徳川家康の家臣・新見正勝が相州鎌倉郡品濃を拝領
※以来、江戸幕末まで新見氏が代々統治する
天正19年(1591年)5月3日正勝が正式に当地を支配する朱印状を賜わる
寛永19年(1642年)12月20日正勝没、神社脇に埋葬
天保11年(1840年)社殿を改築
大正12年(1923年)9月1日関東大震災で社殿が倒壊
大正14年(1925年)9月28日社殿が再建
昭和54年(1579年)5月3日慰霊碑が建立
平成19年(2007年)12月13日不審火で社殿が焼失
平成20年(2008年)境内整備開始
平成23年(2011年)10月11日手斧始式
平成24年(2012年)1月29日上棟祭
9月19日本殿遷座祭
10月20日再建(竣功奉告祭)

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品濃白旗神社・基本データ

筆者撮影(c)歴史屋
鎮座地〒244-0801 神奈川県横浜市戸塚区品濃町518-7
御祭神源義経命 天照大御神 豊受姫命
年間祭事初詣 1月随時
祈年祭 4月11日(五穀豊穣祈願祭)
慰霊祭 4月11日(慰霊碑にて、神式)※各年
慰霊祭 5月3日(慰霊碑にて、仏式)※各年
夏越し大祓 6月最終日曜日(年の前半の清祓)
例大祭 9月28日
七五三詣 11月随時
新嘗祭 11月28日(五穀豊穣感謝祭)
年越し大祓 12月30日(年の後半の清祓)
境内設備トイレ……なし
自動販売機……なし(近隣にはあり)
公衆電話……なし
駐車場……数台あり
アクセスJR横須賀線「東戸塚駅」東口より徒歩3分
公式HPおよび筆者の独自調査によります。変更・相違点ありましたらお知らせいただけると助かります。

※参考:

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