「織田にも朝倉にも加わらぬ」
第13回放送「疑惑の花嫁」予告編で、朝倉長政(中島歩)は口にしていました。
織田家からお市(宮﨑あおい)を娶った一方、朝倉家には嫡男の浅井万福丸(まんぷくまる)を人質にとられてしまうようです。
織田信長(小栗旬)と朝倉義景(鶴見辰吾)の板挟みとなり、葛藤する長政の決断やいかに……。
なぜ長政は信長を裏切った?

結論から言うと、長政は朝倉に与して信長を背後から攻撃。この裏切りによって、義兄の信長に滅ぼされてしまうのでした。
なぜ長政は信長を裏切ったのか?その理由には諸説あり、いまだに定まっていません。
よく言われているのが「信長の方が先に裏切った」という説です。
織田家と同盟を結ぶ際、浅井家は「盟友である朝倉家には決して手を出さない」と約束させたのに、信長はそれを反故にしました。
盟友を攻撃された長政は信長を見捨て、その背後を突いたと言います。
これは『浅井三代記』の説で、これだけ聞けばそれらしくも感じるでしょう。しかし実際の浅井家と朝倉家は、そこまで仲良しでもありませんでした。
両家はしばしば抗争を繰り広げていたことから、信長からの離反は朝倉家に対する義理と言うよりは「敵の敵は味方」つまり、
「朝倉家は憎いけど、もっと強大な織田家を倒すため一時的に手を組んだ」
可能性も考えられるでしょう。
人を粗末に扱い、人の心に無頓着な信長

他の説もあるので、紹介したいと思います。
例えば『信長公記』において、信長は長政を「少身(しょうしん)の者」つまり大名(≒信長と対等な立場)ではないと記録されていました。
この家臣扱いに恨みを募らせ、かねて離反の機会をうかがっていた、というのです。
また『当代記』では盟友の朝倉家が滅ぼされたら、もはや浅井家は用済みとして滅ぼされるのでは……という危機感が離反の原因とされました。
他にも足利義昭(尾上右近)の信長討伐令に呼応したとする『言継卿記(ときつぐきょうき)』などの記録が残っています。
これらの諸説からは、信長が日頃から
(1)平気で契約違反をする
(2)弱いと見れば軽く扱う
(3)用済みになれば切り捨てる
ような振る舞いをしてきたことがわかるでしょう。
どれほど偉かろうと強かろうと、人を粗末にすれば、つなぎとめておくことは出来ません。
長政の離反は起こるべくして起きたと言えるのではないでしょうか。
終わりに

一方で信長は家臣や盟友たちの気持ちなど露知らず、無防備に背中を預けてしまうようなことを平気でやります。
その油断が後に本能寺の変へつながってしまうのですが、それ以前にも度々家臣たちに謀叛を起こされていました。
これを単なる愚かさと見るか、人間味と見るか……NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」ではどのように描かれるのか、小栗旬の好演に期待しましょう!
※参考文献:
- 歴史の謎を探る会 編『秀長と秀吉 豊臣兄弟の謎がわかる本』河出書房、2025年9月

