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紛らわしい!?落馬が命取りとなった”もう一人の松平信康”とは【どうする家康 前史】

戦国時代
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徳川家康(演:松本潤)の嫡男として将来を期待されている松平信康(演:細田佳央太)。

親子で苗字が違うのは、徳川姓はあくまで家康本人だけに許されたもので、たとえ後継者でも名乗れなかったためと言います。

実際、信康の発給した文書には松平とあり、自身の苗字を徳川とは認識していなかったようです(ただし、後には徳川宗家の者が名乗るようになりました)。

細田佳央太が熱演する松平信康。NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイトより

そんな松平信康は、一族の中に同姓同名の者がいたといいます。

今回はもう一人の松平信康(まつだいら のぶやす)を紹介。とっくに亡くなっているためNHK大河ドラマ「どうする家康」には出てきませんが、豆知識の仕込みにいかがでしょうか。

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安祥城の援軍に駆けつけたはいいが……

松平信康は生年不詳、松平清康(きよやす。家康祖父)の子として誕生しました。

松平広忠(演:飯田基祐)の異母弟に当たり、家康にとっては義理の叔父となります。

通称は源次郎(げんじろう)、またの名を松平信家(のぶいえ)とも言ったそうです。

『改正三河後風土記』によると天文9年(1540年)6月6日、尾張の織田信秀(演:藤岡弘、)が三河の安祥城へ侵攻。広忠は城主・松平長家(ながいえ。左馬助)の要請を受けて、源次郎信康を総大将とする援軍を派遣したのでした。

安祥城を攻め立てる織田勢(イメージ)

……天文九年庚子年六月六日大軍を発し三州安祥の城を攻かこむ此城主ハ親忠君の御七男左馬助長家さる勇士奈れハ少しも屈せす城兵を指揮し矢石を飛して防ぐといへども寄手ハ大軍城兵ハ少し詮方奈くぞ見えにける広忠君聞召安祥救ハでハか奈ふましと藤井の松平彦四郎利長御油の松平外記忠次岩津の松平甚六郎康忠林藤助内藤与一郎に御下知あり松平源次郎信康を大将とし安祥の加勢に遣ハさる……

※『改正三河後風土記』巻第六「織田信秀安祥城責左馬助長家討死の事」

原文は少し読みにくいので、援軍のメンバーを整理しましょう。

  • 藤井松平家より:松平利長(としなが。彦四郎)
  • 御油松平家より:松平忠次(ただつぐ。外記)
  • 岩津松平家より:松平康忠(やすただ。甚六郎)
  • 林藤助(はやし とうすけ)
  • 内藤与一郎(ないとう よいちろう)

各分家と有力家臣ら錚々たる面々を率いて、敢然と出撃した源次郎たち。しかし思いのほか苦戦を強いられたようです。

……志かるに源次郎か馬つまつきて進み得す城門に入時おくれけるを幸と寄手の大軍攻めかこむ城兵左馬助此躰を見て門を開て切て出敵味方入乱れて力戦し遂に左馬助を始め源次郎甚六郎内藤近藤等思ひゝゝに討死し城ハ其儘乗とらるゝかと見る所に彦四郎外記よく指揮し渡部八郎三郎八右衛門矢石をはげしく放ち防けハ織田勢も攻あぐんて城を巻つくして退散す……

※『改正三河後風土記』巻第六「織田信秀安祥城責左馬助長家討死の事」

何と、源次郎の馬がコケてしまったため安祥城に入り損ね、敵に包囲されてしまいます。ドジな源次郎を見捨てることができず、松平長家らは城門を開いて出撃しました。

しかし元から数で劣勢だったため、松平長家・松平康忠・内藤与一郎・近藤某らが相次いで討死。源次郎信康もまた戦さ場に散華したということです。

勢いづく織田の軍勢(イメージ)

さぁ大変です。開けっ放しの城門から織田の大軍がなだれ込むかと思ったところ、松平利長と松平忠次が素早く城内へ入って門を閉ざし、態勢を立て直します。

また城内の渡部八郎三郎(わたなべ はちろうさぶろう)と八右衛門(はちゑもん。渡部の同族か)が激しく矢や石を放ったため、さすがの織田勢も攻めあぐねて引き揚げていきました。

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終わりに

松平信康。勝蓮寺 蔵

かくして世を去った松平源次郎信康。享年十五余とのことで、その表現から15~19歳くらいであったと思われます。

そんな源次郎には娘がいたそうで、後に池鯉鮒神社の神主・永見貞親(ながみ さだちか)へ嫁ぎました。

この永見貞親は家康の側室となった於古茶(おこちゃ/お万の方。演:松井玲奈)の兄弟に当たり、徳川家との浅からぬ因縁を感じます。

松平“源次郎”信康:生年不詳(大永5年(1525年)ごろ?)~天文9年(1540年)6月6日没

松平“次郎三郎”信康:永禄2年(1559年)3月6日生~天正7年(1579年)9月15日没

生きた年代が大きく異なるので混同することもないでしょうが、実は「松平信康には同姓同名の大叔父(祖父の弟)がいた」という豆知識は、何かの役に立つかも知れません。

※参考文献:

  • 『改正三河後風土記 上』国立国会図書館デジタルコレクション
  • 斎木一馬ら校訂『徳川諸家系譜 第一』平文社、1970年7月

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