皆さんは猫が好きですか?
猫は愛くるしい外見や仕草、気まぐれさなど、古今東西人々を惹きつけてやみません。
一条天皇も猫の魅力に惹きつけられた一人で、愛猫家として知られます。
今回は一条天皇に愛された猫の一匹・命婦の御許(みょうぶのおもと/おとど)を紹介。
果たして彼女は、どのような生涯を送ったのでしょうか。
子猫一匹に産養の儀式
時は長保元年(999年)9月19日、内裏で産養(うぶやしない)の儀式が執り行われました。
産養とは赤子が生まれたお祝いとして3日・5日・7日・9日の節目に行うものです。
通常であれば人間の赤子が生まれた時に行いますが、今回は子猫が生まれたお祝いで行ったと言います。
この子猫が命婦の御許と考えられており、産養の日から逆算すると、彼女は長保元年(999年)9月11日から9月17日生まれと推定可能です。
(まぁ猫の誕生日なんて、数日ズレたところで、どうということもないでしょうが……)
この産養の儀式には一条天皇はもちろん、母親の東三条院(藤原詮子)に叔父である藤原道長(左大臣)、藤原顕光(右大臣)ら公卿たちも参列しています。
子猫一匹生まれたために、国家の首脳陣が勢揃いしてお祝いする事例は、天下広しといえどそうはないでしょうね。
藤原実資は批判したが……。
この奇妙な光景について、かの有名なガミガミ屋・藤原実資は日記『小右記』でボロッカスにこき下ろしています。
「どれだけ可愛いか知らないが、猫一匹生まれたからと言って大騒ぎ。このようか儀式には先例もなく、恥ずかしいことだとみんなが笑いものにしている(かなり意訳)」
確かに子猫一匹のために大袈裟すぎる気がしないでもありません。ただし一条天皇としてもこれには意図があったとする説もあります。
当時は藤原彰子(左大臣道長女)が入内する直前、また藤原元子(右大臣顕光女)が帰参した直後という状態であり、後宮には緊張感が走っていました。
そして中宮の藤原定子が出産を控えており、ここで皇子が生まれてくれないと、父親たちによる権力争いが激化しかねません。
だから定子の産む子が男児であるよう、祈願する意味があったというのです。
直接的な因果は微妙ですが、もしかしたら「猫の子さえこう大切にしているのだから、その功徳をもって我が願いを叶えたまえ」ということかも知れませんね。
清少納言『枕草子』に登場
ともあれ生まれた子猫には馬命婦(うまのみょうぶ)という女房を乳母に指名しました。
まさか子猫に人間の女性がお乳付け(乳房に口をつけ、飲ませる仕草をすることで絆を結ぶ儀式)をしたのでしょうか。
恐らくは単なる飼育係程度のニュアンスだったものと思われます。
ところで命婦の御許とはどういう意味でしょうか。
命婦とは五位(従五位下)以上の位を持つ女性の称号または官職で、御許とは貴い女性に対する尊称です。
例外はあるものの、内裏に昇殿するためには五位以上の位が必要でしたから、きっと叙せられたのでしょう。
清少納言の随筆『枕草子』に命婦の御許が「かうぶり給いて」とあるのはそのことと考えられます。
そんな命婦の御許について『枕草子』にこんなエピソードがありました。
ゆけっ 、翁丸!
時は長保2年(1000年)3月ごろ、命婦の御許が縁側に垂れ下がった簾(すだれ)の上で寝ています。
馬命婦が簾を上げるため命婦の御許をどかそうとしますが、なかなか動いてくれません。
無理やり抱き抱えたり、打ちすえたりなどしたら、きっと罰せられてしまいます。
だからもどかしい思いをしながら、何とかどいてもらおうと頭を悩ませていました。まさにお猫様ですね。
しかしいつまでも悠長に待ってなどいられません。馬命婦は強硬手段に出ました。
「ゆけっ、翁丸!」
翁丸(おきなまる)とは犬の名前。実際の年齢はともかく、なんだか老犬っぽいですね。
犬をけしかけて猫をどかす作戦は見事に成功。命婦の御許は慌てふためいて逃げ出したのですが……。
「あなやっ、何事か!」
逃げ出した命婦の御許は一条天皇の懐へ飛び込みます。
「何たる不始末!かくなる上は乳母を更迭し、翁丸は犬島へ流してしまえ!」
犬島とは淀川の中洲で、内裏で捕らえた野犬はここへ放逐していました。いわば犬版島流しですね。
一条天皇の命を受けた蔵人の源忠隆(ただたか)と「なりなか(成中?詳細不明)」は、滝口武者(たきぐちのむしゃ)らと共に翁丸を叩き出してしまいました。
馬命婦は怖くて御前に上がれなかったそうですが、その後どうなったのか心配ですね。
ちなみに翁丸はボロボロにされたところを清少納言に発見され、定子が保護したと言います。
可愛い定子に免じて、一条天皇は翁丸を赦したのでした。
終わりに
そののち命婦の御許がどうなったのかはよく分かっていません。きっと一条天皇に終生愛されたのでしょう。
なお命婦の御許は、日本の歴史上で名前が残っている最古の飼い猫となっているそうです。
果たして大河ドラマ「光る君へ」には、この命婦の御許や翁丸が登場するのか、楽しみですね!
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