大沢次郎左衛門(松尾諭)の嫡男として第5回「嘘から出た実(まこと)」に登場した大沢主水(杉田雷麟)。
父を調略せんとする小一郎(仲野太賀)や秀吉(池松壮亮)に刃を向ける血気盛んな若者ですが、実際はどのような人物だったのでしょうか。
今回は大沢主水(おおさわ もんど)について、その人物像に迫りたいと思います。
系図に名前はあるけれど……

大沢主水は生没年不詳、史料や文献によって大沢次郎左衛門との関係が違うなど、詳しいことはわかっていません。
『美濃諸家系図』では大沢次郎左衛門基康(じろうざゑもん もとやす)の子として大沢主水(実名不詳)の記載があり、また『美濃国諸旧記』を見ると大沢次郎左衛門為泰(ためやす)の弟として大沢主水為之(ためゆき)が記されています。
詳しい事績などは知られていませんが、軍記物語『絵本太閤記』などでは上島主水(うえしま もんど)の名で登場。いわゆる長短槍仕合のエピソードです。
長短槍仕合とは?

上島主水は織田家中でも知られた槍の名手で、主水は「槍は短い方が取り回しがよくて実戦的だ」と主張していました。
これに対して秀吉は「槍は長い方が有利」と反論。そこで織田信長(小栗旬)は主水と秀吉の双方に足軽50名ずつ預け、三日後に仕合するよう命じます。
主水の方は足軽たちを徹底的にしごいた一方、秀吉は足軽たちをしっかり食わせて休ませて、後は号令どおりに槍先を揃えて振ることだけを教えました。
果たして三日後の仕合では、圧倒的なリーチの差で秀吉方の勝利。一対一ならともかく、集団戦なら遠くからぶっ叩いた方が有利でしょう。
負けを認めた主水は、実は自分が大沢次郎左衛門の弟で、美濃斎藤家の間者であったことを告白します。秀吉はその正直さを認め、自分の家臣に迎え入れてめでたしめでたし……という次第。
秀吉の立身出世を彩った有名エピソードの一つですが、これをそのまま史実とは見られないでしょう。
大沢主水・基本データ

- 実名:大沢為之 ※『美濃国諸旧記』より
- 生没:生没年不詳
- 家族:大沢次郎左衛門(父親?兄?)
- 通称:主水
- 偽名:上島主水 ※『絵本太閤記』など
- 特技:槍術 ※『絵本太閤記』など
- 主君:斎藤家(斎藤義龍?斎藤竜興?)→秀吉
終わりに

今回は大沢主水について、謎多き人物像に迫ってみました。完全に架空ではないものの、名前だけ史料に登場したのを大きく脚色したことがわかります。
果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、父の大沢次郎左衛門ともども、どんな活躍を魅せてくれるのでしょうか。杉田雷麟の熱演に期待です。
※参考文献:
- 石田多加幸『写真で見る豊臣秀吉の生涯』新人物往来社、1991年8月
- 桑田忠親『太閤記の研究』徳間書店、1965年1月

