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【大河の予習】松平元康が選ぶのは、今川か織田か…『徳川実紀』が伝える葛藤と決断【どうする家康】

戦国時代
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今川義元(演:野村萬斎)の討死により、総崩れとなった今川勢。その混乱に乗じて故郷の岡崎城へ返り咲いた松平元康(演:松本潤)は、大きな決断を迫られました。

駿府に戻って今川氏真(演:溝端淳平)と合流するか、あるいは義元を討った織田信長(演:岡田准一)と手を組むか。

選択を誤れば命はありません。さぁどうする元康……ということで、今回は江戸幕府の公式記録『徳川実紀(東照宮御実紀)』より、桶狭間後のエピソードを紹介。NHK大河ドラマ「どうする家康」の予習にどうぞ。

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君もし大統の功をなしたまはゞ……

元康と信長。両者の邂逅は近い(イメージ)

……信長は義元を討取て後は。   君にも織田方に組したまふらめとはかりし所に。君は岡崎へかへらせ給ひて後も。■母梅津の敵とたヽかひ拂楚坂石瀬鳥屋根東條等にて織田方の勢と攻あひ力をつくしたまへば。信長も思ひの外の事とぞおもはれける。義元の子上総介氏真は父の讐とて信長にうらみを報ずべきてだてもなさず。寵臣三浦などいへるものヽ侫言をのみ用ひ。空なしく月日を送るをみて。信長は   君をみかたとなさんとはかり。水野信元等によりて詞をひきくし禮をあつくしてかたらはれけるに。君も氏真終に国をほろぼすべきものなりとをしはかりましまし。終に信長のこひにしたがはせ給えば。信長も悦なヽめならず。かくて   君清洲へ渡らせたまへば信長もあつくもてなし。是より両旗をもて天下を切なびけ。信長もし天幸を得て天下を一統せば。   君は旗下に属したまふべし。   君もし大統の功をなしたまはゞ。信長御旗下に参るべしと盟約をなして後。あつく饗応まいらせて帰し奉る。これは永禄四年なり……

※『東照宮御実紀』巻二 永禄四年-同七年「永禄四年元康與信長同盟」

桶狭間で義元を討ち取った信長は、元康を仲間に引き入れようと呼びかけました。

「なぁ、もう今川は落ち目だ。共に手を組んで遺領を切り取ろうぜ」

氏真は父(義元)を討たれたというのに仇討ちの軍勢を繰り出すでもなく、駿府でのんべんだらりと日を費やしており、今川家の斜陽は火を見るよりも明らか。

しかし元康は亡き主君・義元への忠義をまっとうせんと、信長の申し出を拒否したのです。

「断る!かような時に勢いある方へ寝返れば天下のそしりをまぬがれず、また武士としてお天道様に顔向けできぬ!」

というわけで相変わらず各地で織田の軍勢と激闘を繰り広げ、信長も意外に思ったと言います。

「……ふふ、竹千代め。すぐ音を上げると思ったが、やりおるわい」

しかしいつまでも遊んでいては天下覇業に差し障ります。信長は水野信元(演:寺島進)を元康の説得に当たらせました。信元は元康にとって母方の伯父ですから、耳を傾けてくれるでしょう。

「蔵人(元康)よ、そなたの忠義と武勇はよう分かった。しかし駿府(氏真)には先がなく、遠からず滅ぶのは必定。それを承知で共倒れとなれば、人はそなたの不明を笑うであろう」

伯父・水野信元の説得を受ける元康。NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイトより

とか何とか、熱心な説得のすえ元康は織田との盟約を承諾。尾張は清洲へと向かったのでした。

「竹千代……いや蔵人殿、よう参られた。さぁさぁこちらへ」

元康が仲間になったことで信長は大層なご機嫌。手厚くもてなし、同盟の誓いを立てました。

「これより織田・松平の両旗を掲げ、天下を斬りなびかせよう。もし織田が幸運に天下統一を果たしたら、松平家はその臣下となること。もし松平が天下統一の偉業を成した時は、織田家がその臣下となること」

「お誓い申そう」

かくして盟約が成立。時に永禄4年(1561年)のことでした。

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終わりに

以上、松平元康が今川氏真を見限って織田信長と同盟を結んだ経緯を紹介しました。すぐに飛びつかず、不利な中でも戦い続けることで今川への義理を果たし、また織田方に相応の実力を知らしめる効果もあったのでしょう(すぐに飛びつくようでは侮られてしまいます)。

しかし駿府には愛妻の瀬名(演:有村架純。築山殿)や嫡男の竹千代(松平信康)を残しており、彼らの身が心配でならない元康。

愛する家族をどうやって取り返すのか、そのエピソードは改めて紹介したいと思います。

※参考文献:

  • 経済雑誌社『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション

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