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【歴人録】徳川家臣団の筆頭!酒井忠次(さかい ただつぐ)とは?【戦国時代】

戦国時代
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はじめに(参照上の注意)

このコーナーでは調べもの等の参考になるよう、史料や文献に基づいてデータをまとめていきます(随時更新)。

史料によって記述が異なる点も原文のまま記載していくことが多いため、あくまで「この文献によると」という意味でご理解ください。

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【酒井忠次・略伝】

徳川家康(とくがわ いえやす)の筆頭家臣として仕え、後世徳川四天王に数えられた酒井忠次(さかい ただつぐ)。

先求院蔵 酒井忠次肖像(画像:Wikipedia)

主君と共に数々の苦難を乗り越え、合戦でも武功を重ねるなど大活躍したその生涯を、データベースにまとめました。

時代劇(大河ドラマなど)の予習復習、調べものなどのご参考にどうぞ。

【酒井忠次・基本データ】

伝 酒井忠次所用色々縅胴丸(重文・致道博物館 蔵)

生没:大永7年(1527年)生~慶長元年(1596年)10月28日没(70歳)

主君:松平広忠・徳川家康

両親:酒井忠親(ただちか)/母不詳

兄弟:酒井忠善(ただよし)/西郷清員(さいごう きよかず)室/酒井恒城(ただもと)

伴侶:正室・碓井姫(うすいひめ。松平清康女)

子供:酒井家次(いえつぐ)/本多康俊(ほんだ やすとし)/小笠原信之(おがさわら のぶゆき)/松平久恒(まつだいら ひさつね)/酒井忠知(ただとも)/ふう(松平伊昌室)/鳳樹院(牧野康成室)/本郷頼泰(ほんごう よりやす)室/曽我尚佑(そが ひさすけ)室/養女:山岡景佐(やまおか かげすけ)娘

別名:小平次、小五郎、左衛門尉(官途)、一智(号)

戒名:先求院天誉高月縁心居士

墓所:知恩院先求院(京都市東山区)

官位:左衛門督/従四位下

【酒井忠次・略系図】

【祖先】松平親氏(家康の8代祖先)-酒井広親-氏忠―忠勝―康忠―忠親―忠善―忠次

【子孫】忠次―家次―忠勝―忠当(ただまさ)―忠義―忠真=忠寄―忠温―忠徳(ただあり)―忠器(ただかた)―忠発(ただあき)―忠寛(ただとも。忠発の弟)―忠篤(ただずみ。忠発の子)―忠宝(ただみち。忠篤の弟)―忠良(ただなが。忠篤の子)―忠明(ただあきら)―忠久―忠頼……

※一般社団法人荘内酒井歴史文化振興会より

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【酒井忠次・略年表】

月岡芳年「酒井忠次時鼓打之図」
筆者自作・酒井忠次略年表。

【参考文献】

  • 『歴史群像シリーズ22 徳川四天王 精強家康軍団奮闘譜』学研プラス、1991年1月
  • 『徳川四天王 江戸幕府の功労者たちはどんな人生を送ったのか? 戦国覇者徳川家臣たちの忠義と死に様』英和出版社、2014年6月

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