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【Coming soon】家康の異父弟・久松源三郎(松平康俊)は誰が演じる?その生涯をたどる【どうする家康】

戦国時代
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NHK大河ドラマ「どうする家康」、皆さんも観ていますか?

少しずつ世界が広がり、面白くなってきた昨今、公式サイトをのぞいてみたら新人物が載っていました。

coming soon…家康の異父弟・久松源三郎。NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイトより

その一人が久松源三郎(ひさまつ げんざぶろう)。キャスティングは未定のようで「coming soo…」となっています。

果たして彼はどんな人物なのか、大河ドラマの予習を兼ねてその生涯をたどってみましょう。

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今川・武田の人質となる

久松源三郎は天文21年(1552年)、久松長家(演:リリー・フランキー)の三男として誕生しました。母は於大の方(演:松嶋菜々子)、彼女が再婚してからの子供になります。

リリー・フランキー演じる久松長家。NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイトより

家康の異父弟に当たり、12歳となった永禄6年(1563年)に今川氏真(演:溝端淳平)の元へ人質に出されました。

やがて元服して久松勝俊(かつとし)と改名、源三郎は通称(当時、実名を呼ぶのは憚られました)となります。

永禄11年(1568年)に武田信玄(演:阿部寛)が駿河に侵攻すると、三浦与一郎(みうら よいちろう)なる者が武田に寝返り、17歳となった勝俊らを連れて甲斐国へ赴きました。

信玄は喜んで勝俊らを保護しましたが、人質の身分であることには変わらず、元亀元年(1570年)に甲斐国から脱出して家康の元へ戻ります。

しかし雪山の中をさまよったことから凍傷にかかり、両足の指を失ってしまいました。7年ぶりの再会を喜んだ家康は勝俊の忠義を称え、褒美として「一文字の刀」と「當麻の脇差」を与えたそうです。

また一門に準じる身分として松平の苗字を許し、自分の名前から康の字を与えて松平康俊(まつだいら やすとし)と改名させました。

家康より拝領した大小(イメージ)

天正11年(1583年)には駿河久能城(静岡県静岡市)を任されますが、天正14年(1586年)4月3日(4月2日説も)に35歳で世を去ってしまいます。

戒名は善照院殿泉月澄清大居士、墓所は静岡県浜松市にある西来院にあり、瀬名(演:有村架純。築山殿)の隣に眠っているそうです。

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終わりに

【久松源三郎→松平康俊・略年表】

天文21年(1552年)誕生(1歳)
永禄6年(1563年)今川の人質に(12歳)
永禄11年(1568年)武田の元へ(17歳)
元亀元年(1570年)家康と再会(19歳)
天正11年(1583年)久能城の城主に(32歳)
天正14年(1586年)亡くなる(35歳)


以上、久松源三郎こと松平康俊の生涯をたどってきました。彼は大村越前守(おおむら えちぜんのかみ)の娘を正室に迎え、一人娘を授かるも男児は生まれなかったといいます。

康俊が亡くなった後、於大の方は家康に願い出て甥の水野勝政(みずの かつまさ)を婿養子として家督を継がせ、子孫は下総国多古(千葉県香取郡多古町)へ移りました(後の多古藩)。

こうして見ると、戦さ働きなど派手な動きはないようですが、大河ドラマ「どうする家康」ではどのように絡んでくるのでしょうか。

キャスティングが誰かも含めて、これからの登場が楽しみですね!

※参考文献:

  • 『寛政重脩諸家譜 第一輯』国立国会図書館デジタルコレクション

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