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北条時房「トキューサ」呼びは史実通り?昔のハ行は「ファ行」発音だった可能性【鎌倉殿の13人】

伝承民俗
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慈円「北条時房にございます」

後鳥羽上皇「北条、トキューサか!」

北条時房「はい、トキューサにございます!」

いつの間にか定着していたトキューサの二つ名。北条時房(ほうじょう ときふさ)を全国の視聴者に印象づけるエピソードとなりました。

トキューサこと北条時房(演:瀬戸康史)

聞くところによると、この「トキューサ」なる呼び方は大河ドラマのスタッフ・演者内で発生したと言います。

確かに「ときふさ」という名前は発音しにくく、ついトキューサになってしまったのだろうな……と思いましたが、もしかすると当時の人々も彼をトキューサと呼んでいたのかも知れません。

その理由は古代から近世にかけての日本語発音にあるとのこと。実際のところ、どう呼ばれていたのでしょうか。

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北条時房(ときふさ⇒ときひゅさ⇒トキューサ?)

昔(※)は、ハ行(は・ひ・ふ・へ・ほ)の発音が現代ほど明確ではなく、「ふぁ・ふぃ・ひゅ(ふぅ)・ふぇ・ふぉ」のようであった(φ音)と考えられています。

(※)奈良時代から平安時代にかけてφ音が定着。別説として奈良時代はp音(ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ)、φ音は平安時代からとも。

これにならえば時房は「ときひゅさ」、よほど滑舌をよくしないと「トキューサ」になってしまいますね。

しかし、なぜ当時の人々から聞いたわけでもないのにハ行がφ音だとわかるの?と思いますが、そのヒントとなるなぞなぞが伝わっています。

母には二(ふた)たび会ひたれども、父には一度もあはず。

(意:母には二回会うけど、父には一度も会わない。これ何だ?)

※戦国時代『後奈良院御撰何曾(ごならいんぎょせんなぞ。意:後奈良上皇が選ばせたなぞなぞ集)』より

……正解は「くちびる(唇)」。母と父、それぞれを発音してみてください。

「ハハ」だと一度も出会いません(互いに触れず発音が可能です)が、「ファファ」なら二度出会います(触れないと発音できません)。

他にも江戸時代初期(17世紀)に南蛮人らが編纂した『日葡辞書(にっぽじしょ。日本語⇒ポルトガル語)』によると母は「fafa(ファファ)」、人は「fito(フィト)」、花は「fana(ファナ)」とハ行にはφ音が当てられていました。

そうしたことから時房は「ときひゅさ」転じて「トキューサ」とも呼ばれたのではないか、と考えられるのです。

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終わりに

ところで、なぜトキューサはそんな発音しにくい名前に……自分や親がした訳ではありませんでした。
かつて北条時連(ときつら)だったところを、平知康(演:矢柴俊博)の助言によって源頼家(演:金子大地)から改名を命じられています。

『吾妻鏡』の改名エピソードを失念?時房と時連が別人物として描かれている。歌川芳虎「鎌倉星月夜」より

知康「連とは銭をつらぬく紐のこと。下品なので改名しては?」

頼家「そうだな、では何としたらよかろうか」

知康「時房、などいかがでしょうか」

頼家「ときひゅ……トキューサか。よし、今日からそなたはトキューサじゃ」

時連改め時房「(……ピキっ)ははぁ、トキューサにございます」

なんてやりとりがあったのかも知れませんね。

ちなみに、北条もハ行なので「ふぉうじょう」だったのでしょうか。

「ふぉうじょう(北条)あっての鎌倉ではなく、鎌倉あってのふぉうじょう(北条)にございます」

他にも藤原秀衡(演:田中泯)は「ひゅじわらの ふぃでふぃら」など、いろいろ変換してみると興味深いですね。

※参考文献:

  • 浅川哲也『知らなかった!日本語の歴史』東京書籍、2011年8月
  • 五味文彦ら編『現代語訳 吾妻鏡7 頼家と実朝』吉川弘文館、2009年11月
  • 湯沢幸吉郎『国語学論考』八雲書林、1940年2月

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