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【豊臣兄弟!】信長の側近「六人衆」城戸小左衛門(加治将樹)とは何者?

戦国時代
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■城戸小左衛門 / 加治 将樹
きど こざえもん / かじ まさき

織田家の家臣
織田家中で一目置かれる槍(やり)の名人。小一郎と藤吉郎の父・弥右衛門と因縁があるようで……。

※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。

第2回放送「願いの鐘」で、足軽たちに槍の稽古をつけていた城戸小左衛門。藤吉郎(池松壮亮)も随分としごかれていましたが、彼は何者だったのでしょうか。

今回はこちらの城戸小左衛門を紹介。今後の予習になれば幸いです。

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信長から「六人衆」に選抜される

加治将樹演じる城戸小左衛門。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

城戸小左衛門は織田信長(小栗旬)から側近「六人衆」に選抜された一人で、その様子が『信長公記』に記されていました。

……又六人衆と云(いう)事定られ

弓、三張の人数
浅野又右衛門 太田又介 堀田孫七 以上

鎗、三本人数
伊藤清蔵 城戸小左衛門 堀田左内 以上

此衆は御手まはり(周り)に在之(これある)也……

※太田牛一『信長公記』首巻廿二「六人衆と云事」より。

  • 浅野長勝(宮川一朗太)
  • 太田牛一(おおた ぎゅういち/うしかつ)
  • 堀田孫七(ほった まごしち)
  • 伊東祐之(いとう すけゆき)
  • 城戸小左衛門
  • 堀田左内(ほった さない)

上三人が弓の名手、下三人が槍の名手として、信長の身辺を警護するよう命じられます。単に技量が優れているだけでなく、人格的にも信用に足ると評価されていたのでしょう。

城戸小左衛門に関する記録はこれだけで、出自や末期など、他に詳しいことは分かっていません。

他の「六人衆」も紹介!

せっかくなので、他の六人衆についても、ざっくりおさえておきましょう。

浅野長勝(あさの ながかつ。又右衛門)

宮川一朗太演じる浅野長勝。こう見えて弓の名手。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

生年不詳~永禄11年(1568年)9月12日または天正3年(1575年)9月10日没

寧々(浜辺美波)の養父で、のち藤吉郎の舅となります。やがて藤吉郎の与力として奮闘しますが、永禄11年(1568年)に討死してしまいました。天正3年(1575年)まで生きていたという説もあるそうです。

太田牛一(おおた ぎゅういち/うしかつ。又介)

大永7年(1527年)生~慶長18年(1613年)3月没

信長の一代記『信長公記』の筆者で、元は僧侶でした。還俗して織田家へ仕え、弓の腕前が認められて信長の側近となりました。後に和泉守の官職を授かります。

堀田孫七(ほった まごしち)

生没年不詳

孫七を名乗った堀田一継(かずつぐ)は年代的に幼すぎることから、その父親である堀田一縄(かずつな)を指しているのではないでしょうか。

『寛政重脩諸家譜』によると、一縄の通称は彌角(読み不明)または矢部(やべ)とありますが、孫七の通称も代々襲名していた可能性も考えられます。

伊東祐之(いとう すけゆき。清蔵または七蔵)

天文2年(1533年)生~天正13年(1585年)8月没

せっかちだったのか兜もかぶらず編笠で戦ったため、信長から「編笠清蔵」とあだ名されたそうです

武勇に優れて忠功を重ね、信長から長の一字を賜わって伊東長久(ながひさ)と改名しました。後に藤吉郎の部下としても活躍します。

堀田左内(ほった さない)

生没年不詳

尾張国津島地域に勢力を誇った堀田党の一人で、堀田孫七と同族だったのでしょうか。後に信長が安土城を築いた際、瓦奉行(瓦の調達や屋根ふき責任者)を務めた記録があります。

彼らも「豊臣兄弟!」に登場するかも知れませんね。

「豊臣兄弟!」で城戸小左衛門はどう描かれる?

城戸小左衛門に立ち向かう藤吉郎。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

あまり記録が残っていない分、創作の余地が大きな城戸小左衛門は、大河ドラマ「豊臣兄弟!」でどのように描かれるのでしょうか。

ここで筆者は、大沢主水(おおさわ もんど。上島主水とも)のエピソードを思い浮かべました。

大沢主水は織田家の槍術師範を務めており、槍は短い方が扱いやすくて実戦的という持論を主張します。これに対して藤吉郎は「槍は長い方がいい」と反論したため、信長の命で槍試合を行うことになります。

主水と藤吉郎それぞれに足軽50人ずつを預けられ、3日間の訓練が施されました。

主水は足軽たちに槍術を叩き込もうとしますが、厳しい訓練の末、足軽たちは心身ボロボロです。

いっぽう藤吉郎はとにかく槍を長く持ち、みんなで槍先を合わせて敵を叩いたり払ったりする練習だけ。後は腹いっぱい食って寝て、褒美の約束までしてやる気を高めました。

そして試合当日。みんなで長い槍を持った藤吉郎の足軽たちは、主水の足軽たちを寄せつけることなく圧勝したのです。

主水は「槍は突くもので、叩くなど卑怯だ」と抗議しますが、藤吉郎は「戦いに勝つことこそ主君への奉公である」と論破しました。

かくして藤吉郎は信長から褒美を賜わったということです。

……という『太閤記』のエピソードを、城戸小左衛門が演じるのではないでしょうか。

終わりに

再び城戸小左衛門に立ち向かう藤吉郎。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

今回は城戸小左衛門や彼が任じられた六人衆の顔ぶれ、そして大河ドラマ「豊臣兄弟!」における展開の予想などを紹介してきました。

第2回放送「願いの鐘」時点では鬼上官、または嫌われ役としての印象が強いですが、今後どのようになっていくのでしょうか。

亡き父・弥右衛門との因縁についても気になるところ。加治将樹の熱演に期待しています。

※参考文献:

  • 谷口克広ら監修『織田信長家臣人名辞典』吉川弘文館、1995年1月
  • 『写真で見る豊臣秀吉の生涯』新人物往来社、1991年8月
  • 『寛政重脩諸家譜 第4輯』国立国会図書館デジタルコレクション
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