NHK大河ドラマ「どうする家康」第10回放送「側室をどうする!」で、松平家康(演:松本潤)と手を取り合って行こうと意気投合した引間城主の飯尾連龍(演:渡部豪太)。
しかしそれは主君・今川氏真(演:溝端淳平)に対する裏切りに外ならず、連龍の妻・田鶴(演:関水渚)は氏真に夫の内通を密告しました。
結果、連龍は氏真によって粛清され、田鶴が引間城の女あるじに……という展開でした。
ちなみに田鶴が裏切ったくだりは大河ドラマの創作であり、連龍の死について言及した史料や文献(『井伊家伝記』『浜松御在城記』『改正三河後風土記』など)を読んでもそのような記述は出てきません。
これらの史料文献による通説では「連龍が氏真に謀殺されるor討死する⇒亡き夫の遺志を継いだ田鶴が引間城を守って戦い抜く」とするストーリーが一般的であり、最期は家康への降伏を拒否して壮絶な最期を遂げます。
本作の脚色は「妻に見捨てられた哀れな夫」「御家のために非情な決断を下す、戦国乱世の強い女子(おなご)」を描きたかったのでしょうが、今一つ説明不足な印象は否めません。
裏切りのリアリティを考える
もし松平との内通に反対なら、なぜ夫を必死に説得しなかったのでしょうか。今川に従うか、松平に寝返るか。その決断は当人たちのみならず、文字通り飯尾・鵜殿両家の命運すら左右することは既に家康の裏切り(関口家の受難)で理解しているはずです。
劇中の様子を見る限り、表向きは賛成しておきながら、裏では夫を裏切り密告したようにしか見えません。
まさか第5回放送「瀬名奪還作戦」で関口一族を密告した時のように「よもや連龍の命までは取るまい」と高をくくっていた……とも考えられないでしょう(まさかそんなことは……ねぇ?)。
併せて「妻子も連座によって処刑」という可能性もゼロではありません。
確かに、氏真に忠義を示した田鶴本人は助かる確率が高そうです。しかし子供たちについても考える必要があります。
大抵の場合「謀叛はすべて夫一人の責任。私たち妻子には一切関係ありません」ではすまないのです。
田鶴(忠義な妻)の子だから助けてやるか?それとも、連龍(内通した夫)の子だから処刑するか?……あなたが氏真の立場であれば、どうするでしょうか。
恐らく「飯尾家の跡継ぎとして一人(大抵末っ子)を残し、後の子はすべて処刑」あたりが妥当な落としどころと思われます。
そのくらいは想定しての裏切りでしたか?また、密告は夫への裏切りでもありますから、バレたら連龍に殺されることも覚悟しなくてはなりません。
更には田鶴に裏切られた連龍の遺族、すなわち飯尾一族から命を狙われても文句は言えないのです。
果たして氏真に、そこまで彼女の安全を保障する力はあったでしょうか。もしあったのなら連龍も氏真を見限らず、田鶴も余計なことをしなくて済んだはずです(実際していないのですが)。
こういう穿った見方も野暮とは思いながら、彼女の名誉と貞節を守る一助となれば幸いです。
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終わりに
念のために書き添えますが、何も「妻が夫を裏切るとはけしからん!」などと言いたい訳ではありません。
ただし、通説を枉げて裏切りを描くなら相応の説得材料が必要であり、そのために尺を割くなどしないと田鶴が出鱈目な人間に見えてしまいます。
NHK大河ドラマ「どうする家康」制作陣の皆様には、その場限りのウケ狙いやノリだけでなく、人間の深層を掘り下げたドラマづくりをお願いしたいところです。
気を取り直して、次週の第11回放送「信玄との密約」では、女城主となった田鶴が引間城に立て籠もって家康を迎え撃つことに。
……致実が妻女ながらもけなげなる正室にて夫の横死を憤り城兵を指揮し堅固に籠城し小国の武藤刑部丞をたのみ甲州の武田へ内通す神君此由聞召飯尾が家臣江間安芸同加賀両人へ御内意有て松下覚右衛門後藤太郎左衛門を御使とせられ徳川家へ其城を渡すに於てハ飯尾が幼子寡婦を御懇に御養育ありて其家人等悉く召抱られ御扶助有べしと仰ければ依て安芸加賀両人其旨を以て飯尾が妻を種々と諫めさとしけれども彼の妻さらに承引せず爰に於て引間の城を乗取とて酒井左衛門尉石川伯耆守両将を差向らる然に彼妻ハ防戦の指揮をなし城兵屡々突出て烈しく戦へバ寄手大に敗走せり其翌日ハ酒井石川又攻寄てはげしく攻立遂に外郭に乗込めバ飯尾が妻は緋縅の鎧に同じ毛の兜を着長刀をふるつて敵中に切て入る侍女婢七八人同じ粧ひ出立て城兵五六十人と同く勇戦し男女一人も残らず討死す彼妻死去就の是非ハ論ずるにたらされども其志操の説烈ハ丈夫にもまさりたりと感ぜぬ者奈し扨酒井石川の両将城を乗取れば左衛門尉に此城を守らしめらる江間安芸加賀の両人ハ最初より御内意を蒙りし者なればとて飯尾が所領ハ悉く此両人へ下されける(原書飯尾病死し氏真より其幼子に家督を継せしとあるハ誤之引間城攻の事ハ基業による)……
※『改正三河後風土記』巻第九「寺部上野城攻付飯尾豊前守の事」
【概略】致実(連龍)の横死を知った正室(田鶴)は氏真に憤り、兵を率いて籠城した。武田と連携を図ろうしたところへ、家康より降伏勧告を受ける。
「城を明け渡せば、ご家族は手厚く保護した上に家臣たちもみな召し抱えよう」
しかし田鶴はこれを拒否して合戦に至った。酒井忠次(演:大森南朋)と石川数正(演:松重豊)の両将を相手に善戦するも、防ぎ切れず陥落。
田鶴は緋縅の鎧兜を身にまとい、長刀を奮って敵中へ斬り込む。侍女たち7、8名も同じく武装し、生き残っていた城兵5、60名と共にことごとく壮絶な討死を遂げた。
その判断の是非はともかく、男性にも劣らぬ(男性でもなかなかいない)立派な態度に感じ入らぬ者はなかった。
……なお、田鶴が「椿姫」と呼ばれるようになったのは、その死を悼んだ民たちが墓前に椿の花を植えた伝承に基づきます。
数百年の歳月を越えて令和の現代も敬愛され続けるお田鶴の方が、これからも末永く愛されることを願ってやみません。
※参考文献:
- 成島司直『改正三河後風土記 上』国立国会図書館デジタルコレクション
- 中山和子『三河後風土記正説大全』新人物往来社、1992年
- 楠戸義昭『井伊直虎と戦国の女城主たち』河出文庫、2016年
- 御手洗清『家康の愉快な伝説101話』遠州伝説研究協会、1983年
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