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【忠臣蔵】赤穂浪士の討入りは結果オーライ?武士道バイブル『葉隠』の厳しい批判

古典文学
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時は元禄15年(1703年)12月14日、赤穂浪士の大石内蔵助(おおいし くらのすけ。大石良雄)ら47士が主君の仇である吉良上野介(きら こうずけのすけ。吉良義央)邸へ討ち入って見事に討ち取り、自分たちも切腹を命じられた赤穂事件

山崎年信「赤穂義士討入之図」

義士たちの雌伏によるカタルシスが江戸庶民の人気を呼び、歌舞伎『忠臣蔵(ちゅうしんぐら。『忠臣』大石内『蔵』助)』など大ヒットした仇討ち劇ですが、必ずしも彼らを好意的に見る人ばかりではありませんでした。

その中の一人が武士道のバイブルとして伝わる『葉隠(はがくれ。葉隠聞書)』の口述者・山本常朝(やまもと じょうちょう)。

果たして『葉隠』では、赤穂浪士の討ち入りをどのように評価しているのでしょうか。

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ただちに腹を切れ、さもなくば討ち入れ!

五五 (前略)又浅野殿浪人夜討も、泉岳寺にて腹切らぬが落度也。又主を討たせて、敵を討つ事延び延び也。若し、其の内に吉良殿病死の時は残念千万也。(後略)

※『葉隠聞書』第一巻より(以下、同じ)

【意訳】赤穂浪士の討ち入りについて、泉岳寺(主君・浅野殿の墓前)で腹を切らなかったことは落ち度である。

主君が腹を切らされたのに、その仇を討つ日程を一年以上も延ばして、もし吉良殿が病死でもしていたら、取り返しがつかないではないか……。

要するに「主君が命を落としたのだから、墓前で腹を切って殉死するか、さもなくばただちに吉良邸へ討ち入れ」と言っているのです。

吉良が生きててくれたからよかったものの……重宣「忠臣蔵夜討之図」

現代人の感覚では「仇討ちを成功させるために計画を練り、タイミングを計っていたのだ」と反論するでしょうが、『葉隠』は「どのみち主君が死んだのであれば、遅かれ早かれ後を追って死ぬべきなのだから、命を惜しんで小賢しいことを考えるな」と主張します。

五五 何某、喧嘩打返しをせぬ故恥になりたり。打返しの仕様は、踏懸けて切殺さるゝ迄也。これにて恥にならぬ也。仕果すべしと思ふ故、間に合わず。相手何千人もあれ、片端より撫切りと思ひ定めて、立ち向かふ迄にて成就也。多分仕済ますもの也。(後略)

【意訳】ある者が、侮辱の仕返しをしなかったため恥をかいた。ひとたび侮辱を受けたら、敵と死ぬまで斬り合うだけだ。これで恥にはならない。

勝ち負けなど意識するから時間切れとなってしまうのだ。敵が何千人であろうと、皆殺しにやろうと決心して立ち向かえ。それで事が済むのである。

「勝つか負けるかじゃない、戦え」

つまりそういうことですが、本来こうした事柄についてあれこれ批評すべきではないものの、武士としての心構えを説くために『葉隠』は続けます。

五五 (前略)総じて斯様の批判はせぬものなれど、これも武道の吟味なれば申す也。前方に吟味して置かねば、行当りて分別出来合はぬ故、大かた恥になり候。話を聞き覚え、物の本を見るも、かねての覚悟のため也。就中、武道は今日の事も知らずと思ひて、日々夜々に箇条を立てて吟味すべき事也。時の行掛りにて勝負はあるべし。恥をかゝぬ仕様は別也。死ぬ迄を考へず、無二無三に死狂ひするばかり也。これにて夢覚むる也。

【意訳】命のやりとりについてあれこれと批判すべきではないが、これも武士たる心構えを説くためである。日ごろから考えておかねば、いざ有事に臨んで不覚をとり、恥をかく者が多いのである。

先人の話を聞き覚え、書物を読むのもかねてより覚悟を固めておくためである。とかく武士は今日いま有事が起こるかも知れぬから、日夜考えを巡らせておくべきである。

勝負は時の運だが、武士の誇りを全うすることとは別だ。命を惜しまず死に狂いで敵に臨むなら、夢から覚めることだろう。

この「夢覚むる」については解釈が分かれそうなところですが、生死は度外視して武士道(武士としての道すなわち人生)を全うできることを言っているのでしょう。

終わりに

およそ武士にとって人生をまっとうするとは、真面目に落ち度なく定年まで勤め上げ、平穏な老後を過ごすことではなく、命を惜しまず奉公し、必要とあれば今すぐこの場所ででも死ぬことに外なりません。

その死に意味があるかないか、正義か悪かなんて判断は主君にお任せし、ただひたすらに神妙を擲(なげう)って奉公すること。

つまり、ひとたび奉公した以上、武士の定年は「今この時」、たとえば仕官して三日で命を落とすことになっても、それがその者の定年であり、寿命なのです。

兵庫県立歴史博物館所蔵「大石内藏助良雄切腹之圖」

話を赤穂浪士たちに戻すと、彼らが死ぬべき場所は泉岳寺の主君の墓前か、あるいは吉良邸であり、一年以上にわたって不覚をとっていた、とするのが『葉隠』の見解と言えるでしょう。

……とは言うものの、せっかく命を捨てるのであれば少しでもよい結果を勝ち取りたい、後世に名を残したいと願ってしまうのが人情というものであり、なかなかそこまで徹し切れないことを思うと、まだまだ修行が必要のようです。

※参考文献:

  • 古川哲史ら校訂『葉隠 上』岩波文庫、2011年
  • 菅野覚明『武士道の逆襲』講談社現代新書、2004年10月

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