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田辺誠一の熱演に期待!武田二十四将の一人・穴山梅雪(信君)の武勇伝を紹介【どうする家康】

戦国時代
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冴えわたる知略・戦略・策略
穴山梅雪 あなやま・ばいせつ(信君 のぶただ)
[田辺誠一 たなべせいいち]

武田氏の一門・穴山家の当主。信玄からの信頼厚く、抜群の知略を生かし、外交戦略のエキスパートとして活躍。武田軍の駿河侵攻においては、先兵として今川家の切り崩しを行い、のちに徳川家や織田家と対峙することになる。

※NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイトより

「甲斐の虎」武田信玄(演:阿部寛)の家臣として第10回放送「側室をどうする!」で初登場の穴山梅雪(演:田辺誠一)。武勇に秀でた山県昌景(演:橋本さとし)・忍びの望月千代(演:古川琴音)に対して知恵袋・軍師ポジションを担う役回りのようです。

田辺誠一演じる穴山梅雪。NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイトより

しかし梅雪は知勇を兼ね備えた名将であり、今回は劇中では触れられなかった大立ち回りを紹介。大河ドラマでもその武勇を発揮してくれるでしょうか。

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穴山梅雪・基本データ

生 没天文10年(1541年)生~天正10年(1582年)6月2日没
改 名勝千代⇒信君(のぶただ)⇒梅雪斎不白
通 称彦六郎、左衛門大夫(武田左衛門)
別 名穴山信良
両 親父・穴山信友(のぶとも)/母・南松院(武田信玄の姉)
妻 妾正室・見性院(信玄の娘)
子 供穴山勝千代(武田信治)、武田信親(信玄次男・竜芳)室
養 女下山殿(秋山越前守の娘、後に徳川家康の側室)
官 職陸奥守、伊豆守、玄蕃頭(玄蕃允)

武田信玄の甥であり聟でもあり、そして武田勝頼とは義兄弟の関係となります。

川中島の合戦で大立ち回り

歌川国芳「甲越勇将傳 武田家廿四将 穴山伊豆守信良」

穴山伊豆守信良

甲陽の猛将信良ハ信州川中嶋の戦ひ尓越後勢に雷名を轟かしたる本庄繁長宇佐美定行等と戦ひ魚鱗鶴翼の備へを乱軍となり■き叫びて責戦ふ疾働き尓たゞひ尓怯ず信良ハ自ら歩打立となり息をも■を敵の中尓切て入大将目係て奉く光■猛虎の龍に向ふが如く神出鬼没修練の剽姚立合敵ハ獨もなく爰を先途の戦ひ尓手負討死致を知ら次流るゝ鮮血ハ時ならぬ■田の川尓異ならず信良一世の勇をふるひ此日の戦ひ後世まで豪勇比類な記■を口碑尓残し傳へたり

※一勇齊国芳「甲越勇将傳 武田家廿四将」

【意訳】甲斐の猛将・穴山伊豆守信良が、信州川中島の合戦で越後の上杉勢を相手に雷鳴を轟かせた時のこと。

本庄繫長(ほんじょう しげなが)や宇佐美定行(うさみ さだゆき)らと魚鱗・鶴翼の陣で向かい合い、乱戦の中で喚(おめ)き叫びながら素早く戦った。やがて信良は馬から下りて徒歩で敵中へ斬り込み、敵将へ向かうさまはまるで虎が龍に挑むようであった。神出鬼没の立ち回りに敵は手向かいできず、ここが先途(勝負の分かれ目)と大立ち回り。敵の手負い討死は数知れず、流れる血はまるで川のようであった。

……本庄・宇佐美とも上杉家中に名立たる猛将(ただし定行は宇佐美定満をモデルにした架空の人物)。

魚鱗(ぎょりん。魚のウロコ状に先頭を尖らせた突破力特化の陣形)で突撃する上杉勢に対して、鶴翼(かくよく。鶴が翼を広げたように敵を三方より迎え撃つ陣形)で食い止めた梅雪(信良)たちの奮戦は、永く語り草となったようです。

終わりに

穴山梅雪。霊泉寺蔵

知勇を兼ね備えて武田信玄・武田勝頼(演:眞栄田郷敦)二代に仕えた穴山梅雪。やがて駿河一国を任されたものの、勝頼に見捨てられて孤立無援となり、絶望の末に織田信長(演:岡田准一)に降伏してしまいました。

その後に徳川家康(演:松本潤)と行動を共にしますが、本能寺の変をキッカケにして非業の死を遂げることになります。

果たしてNHK大河ドラマ「どうする家康」では、田辺誠一がどのように梅雪の最期を描いてくれるのか、その熱演に注目ですね。

※参考文献:

  • 黒田基樹ら編『武田氏家臣団 人名辞典』東京堂出版、2015年5月
  • 平山優『中世武士選書5 穴山武田氏』戎光祥出版、2011年2月

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