石橋山の敗戦から立ち直りつつある源頼朝(演:大泉洋)。その姿に勇気づけられ、各地に散らばっていた弟たちも集結しつつありました。
今回は新納慎也さんが演じる阿野全成(あの ぜんじょう)のエピソードを紹介。果たして、どんな活躍を見せてくれるのでしょうか。
雌伏の日々…醍醐寺の「悪禅師」となる
阿野全成は平安後期の仁平3年(1153年)、源義朝(よしとも)の七男として誕生しました。
母親は美女として名を馳せた常盤御前(ときわごぜん)、八男の源義円(演:成河)、末弟の源義経(演:菅田将暉)とは同母兄弟になります。
幼名は今若丸(いまわかまる)。8歳の時に父・義朝が平治の乱で敗死、幼い男児たちは命を助けられる代わりに出家しました。
今若丸は醍醐寺で出家して名を隆超(りゅうちょう。隆起とも)と改め、さらに全成(ぜんじょう)と改名します。
父の菩提を弔うべく仏道修行に励んだのか、醍醐寺を代表する名僧「醍醐禅師(だいごぜんじ)」と呼ばれた一方、父ゆずり?の荒くれぶりから「悪禅師(悪≒にくらしいほど強いの意)」とも呼ばれたとか。
禅師とは徳の高い僧侶に与えられる称号ですが、それが荒くれていると言うのはどういうことなのでしょうか。もしかしたら皮肉だったのかも知れませんね。
以仁王の令旨に奮起、寺から脱走!
さて、歳月は流れて治承4年(1180年)。平家政権を討伐するべく以仁王(もちひとおう)が源氏ゆかりの者たちに令旨を発したと知って、全成は悪禅師の血が騒ぎます。
「よっしゃ!今こそ暴れ回るぜ!」
善?は急げと醍醐寺から脱走した全成は、伊豆に流されていた異母兄・頼朝の元へと急いだのでした。
「兄者、待ってろよー!」
……しかし、源氏ゆかりの全成が堂々とまっすぐ伊豆に駆けつけることもままなりません。
どんなルートを通ったのか、数カ月の紆余曲折を経て相模国(現:神奈川県)までやってきた全成は、頼朝の家人である佐々木定綱(演:木全隆浩)ら兄弟と合流します。
「佐々木殿、兄者はどこに!?」
「いやぁ、石橋山で大庭景親(演:國村隼)の軍勢に敗れてみんな散り散りだ。再起を図るために、我らと共に一度身を隠そう」
仕方なく高座郡渋谷荘(現:神奈川県大和市)の領主である渋谷庄司重国(しぶや しょうじしげくに)に匿われた全成たちは、頼朝の無事が分かるまで悶々と過ごすのでした。
生き別れの頼朝や弟たちと感動の再会!
「おい、佐(すけ。頼朝)殿はご無事だったぞ!」
頼朝一行が房総半島に渡り、力を蓄え戻ってくるとの報せに、全成たちは欣喜雀躍。佐々木兄弟らと共に大急ぎで駆けつけ、10月1日に頼朝と20年ぶりの再会を果たしたのでした。
その様子を『吾妻鏡』はこう伝えます。
……醍醐禪師全成同じく光儀有り。
令旨を下被(くだされ)る之由(のよし)於京都で之(これ)を傳え聞き潜(ひそか)に本寺を出で修行之躰を以て下向(げこう)之由、之を申被(もうされ)る。
武衛(ぶゑい)泣て其の志を感じ令(し)め給うと云々。【意訳】醍醐禅師の全成が、頼朝と感動の再会を果たした。
以仁王が令旨を下されたと聞いて寺を脱走、修行僧のフリをしてここまでやって来たと申された。
武衛(頼朝)は弟のけなげさを知り、感動の涙を流されたのだとか。
「よくぞ、よくぞ来てくれた~っ!」
「兄者ぁ、兄者~っ!」
平治の乱に敗れた折、頼朝14歳、全成8歳。お互いの苦労に思いを馳せながら、一致協力して平家打倒を誓ったことでしょう。
源実朝の乳母父として、鎌倉政権の重臣に
……さて、さっそく頼朝陣営に加わった全成はやがて駿河国阿野荘(現:静岡県沼津市)を与えられ、この頃から阿野全成と名乗ります。
また同じころに北条時政(演:坂東彌十郎)の娘である阿波局(大河ドラマでは実衣。演:宮澤エマ)と結婚。嫡男の阿野時元(ときもと)など子宝にも恵まれました。
さぁますます奉公にも身が入ろう……と言うものですが、どういうわけか『吾妻鏡』において全成の名前はほとんど出てきません。
建久3年(1192年)に頼朝の次男・千幡(後の源実朝。演:柿澤勇人)が誕生すると阿波局がその乳母となっているため、鎌倉政権内において相応の勢力を持っていたことは確かです。
さて、建久10年(1199年)に頼朝が亡くなると鎌倉殿の跡目を継いだ嫡男・源頼家(演:金子大地)と対立。妻の実家である北条氏に与します。
これが仇となって建仁3年(1203年)5月19日、頼家の命を受けた武田信光(たけだ のぶみつ)に捕らわれ、5月25日に常陸国(現:茨城県)へ配流されてしまいました。
そして6月23日に宿老の八田知家(演:市原隼人)によって誅殺、51歳の生涯に幕を下ろしたのです。
阿波局や子供たちが無事であったことがせめてもの救いですが、三男の阿野頼全(よりまさ/らいぜん)は京都で暗殺されてしまいました。
エピローグ
遺された阿野時元は建保7年(1219年)1月に実朝が暗殺されると「自分も源氏の血を引いているから」と第4代将軍の座を望んで挙兵。
……が、兵が集まらず伯父・北条義時(演:小栗旬)の命を受けた金窪行親(かなくぼ ゆきちか)によって誅殺されてしまいます。
しかし『吾妻鏡』では時元の謀叛とされているこの事件、実は源氏の血を引く時元を粛清するべく討手が差し向けられたため、やむなく挙兵に追い込まれたとか。
当時、北条氏は朝廷から親王将軍を迎えようと画策していたことから、その邪魔になる源氏男子を次々と粛清。実朝の暗殺もその一環ではないかとも言われています。
その後、阿野氏は時元の子・阿野義継(よしつぐ)が受け継ぎ、南北朝時代ごろまで家名を存続しました。
また時元の婿となっていた藤原公佐(ふじわらの きんすけ)も、阿野荘の一部を受け継いだことで阿野を称し、こちらは公家として存続します。
以上、阿野全成の生涯+αを辿ってきました。史実では頼朝公の再会以降、有力御家人ではありながら、あまりパッとしない印象ですね。
しかし大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では実衣との馴れ初めや他の兄弟たちとの再会、その後の活躍も盛り込まれることでしょう。
新納慎也さんの好演に、今から期待ですね!
画像出典: NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」
※参考文献:
- 朝日新聞社 編『朝日 日本歴史人物事典』朝日新聞社、1994年11月
- 永井晋『鎌倉幕府の転換点 『吾妻鏡』を読みなおす』NHKブックス、2000年12月
- 『NHK2022年大河ドラマ 鎌倉殿の13人 完全読本』産経新聞出版、2022年1月
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