「さぁ、本多忠真様がお相手じゃあ!こっから先は一歩も通さんわ!」
※NHK大河ドラマ「どうする家康」第18回放送「真・三方ヶ原合戦」より
時は元亀3年(1572年)12月22日、武田信玄(演:阿部寛)の軍略を前になすすべなく惨敗を喫した徳川家康(演:松本潤)。
味方が総崩れとなる中、ただひとり踏みとどまって殿軍を務め、壮絶な最期を遂げたのが本多忠真(演:浪岡一喜)でした。
伝承によると、忠真は自分の両脇に旗指物を突き立て、不退転の覚悟で戦ったと言います。
……本多忠真は、子の本多菊丸に「主君家康を護るように」と言い残し、道の両側に旗指物を突き刺して「ここから後へは一歩も退かぬ」と、家康を追走する武田軍の中に刀一本で斬り込んで討ち死に。享年39。……
※犀ヶ崖資料館「本多肥後守忠真の碑」案内板より
有名なエピソードですから、何か出典があるのだろうと調べてみました。しかし『徳川実紀』『三河物語』『信長公記』『改正三河後風土記』『寛政重脩諸家譜』そして武田方の『甲陽軍鑑』など、いずれも載っていません。
※もちろん、忠真の最期については載っています。
そこで石碑を管理されている犀ヶ崖資料館に問い合わせてみたのですが、どうも出典についてはハッキリしないとのことでした。
他にもまだまだ史料や文献はあるので、図書館のレファレンスも利用しながら調査を進めた結果がこちらになります。
合わせて読みたい:
【結論】旗を立てたのは大久保忠世だった?
……大久保忠世に命じ、犀ヶ崕の邊に至り、旗を立てて敗軍の士卒を集めしめ、而して本多肥後守忠眞に殿せしめ……
※鈴木覚馬 編『岳南史 第3巻』「本多肥後守忠眞殿して死す」
【意訳】家康は大久保忠世(演:小手伸也)に命じて犀ヶ崖に旗を立てさせ、それを目印に敗残兵をかき集める。そして集まった兵を本多忠真に率いさせ、殿軍を任せた。
……大久保七郎左衛門忠世は犀が崖に旗を立てて、退却してくる味方の兵を集め……(中略)……このとき旗を立てた松を「旗立の松」という……
※浜松史跡調査顕彰会 編『浜松の史跡』「57 旗立の松(鹿谷町)」
どうやら、この大久保忠世が敗残兵の目印として立てた旗が、本多忠真の最期と混同されて「ここから後へは一歩も退かぬ」という伝承を生み出したものと考えられます。
これを元として明治24年(1891年)に顕彰碑が建立され、水戸学士・内藤恥叟(ないとう ちそう)はこのように書きました。
……我軍不利、君樹二柱、支旗不動、敵兵麕至、君與従者投鎗把刀而進、殺三人而歿、時年三十九、従士荒川甚太郎・本多甚六郎・河合又五郎・多門越中等皆死之。云々……
※鈴木覚馬 編『岳南史 第3巻』「本多肥後守忠眞殿して死す」
【意訳】我が軍に利あらず。忠真(君)は二柱を立て、旗を支えて動かず。敵兵群がり至り、忠真と従者は槍を投げて抜刀突撃。三人を討ち取って力尽きた。
享年39歳。従ったのは以下の通り。
- 荒川甚太郎(あらかわ じんたろう)
- 本多甚六郎(ほんだ じんろくろう)
- 河合又五郎(かわい またごろう)
- 多門越中(たもん えっちゅう)
ほか全員討死とのこと。
……この「君樹二柱、支旗不動」こそ、本多忠真の旗印エピソードにおける初出と言えそうです。
他にも『戦国人名事典』『浜松市史 通史編2』『浜松歴史散歩 オールカラー・浜松とその周辺の史跡ガイド』『岡崎市史 別卷上巻』『岡崎市史 別卷中巻』などを当たったものの、いずれも忠真の討死を記すのみ。旗印を立てたことは言及されていませんでした。
今回の調査は、これをもってひとまず終了とします。
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終わりに
ちなみに『NHK大河ドラマ・ガイド どうする家康 前編』のあらすじを読むと、こんな記述がありました。
……三方ヶ原の戦いで果てたのは、夏目だけではない。飲んべえの本多忠真もまた、甥の平八郎に殿を守れと言い残し、壮絶な討ち死にを遂げた。ぼろぼろの旗指物を地面に突き刺し、ここから先は一歩も通さんと、武田兵たちに立ち向かったという。愚直で頑固、勇猛かつ忠義の三河武士の、見事な最期であった。……
本編では再現されませんでしたが、当初(放送台本)は演じるつもりだったのでしょう。そっちも見たかったですね。
ちなみに赤備の武田兵から奪った真っ赤な槍は、家中における武功一等を証明する皆朱槍(かいしゅやり)を連想させました。
武勇一筋に生き、家康への忠義に殉じた忠真へのリスペクトと思われます。
さて、師匠でもあった伯父の死を乗り越え、大きく成長するであろう本多忠勝(演:山田祐貴)。
伯父の遺志を受け継いで、これから更なる大活躍に期待ですね!
※参考文献:
- 鈴木覚馬 編『岳南史 第3巻』岳南史刊行会、1932年10月
- 浜松史跡調査顕彰会 編『浜松の史跡』浜松史跡調査顕彰会、1976年1月
- 『NHK大河ドラマ・ガイド どうする家康 前編』NHK出版、2023年1月
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