Instagram始めました。よろしくお願いします!

命がけでお守りしたのに…南北朝時代、忘れ去られた怨みで化けて出た藤原基任と伊賀局のエピソード

南北朝・室町時代
スポンサーリンク

昔から「受けた恩は忘れてはならない。与えた恩は忘れねばならない」などと言うように、とかく自分の与えたものはいつまでも覚えている一方、人から受けたものはすぐに忘れてしまいがちなのが人間というものです。

自分は人からの恩を忘れてしまうくせに、人が自分の恩を忘れてしまうとそれを怨み、時には化けて出ることさえありました。

女の前に現れた鬼。いったい何があったのか(イメージ)

今回は南北朝時代、とある女性と鬼のエピソードを紹介したいと思います。

スポンサーリンク

春ごろから鬼が出没

時は正平2年(1347年)、南朝に仕える伊賀局(いがのつぼね)という女官がおりました。

彼女は篠塚重広(ささづか しげひろ)の娘で、父の官職(伊賀守)から伊賀局(本名は不詳)と呼ばれます。

父は南朝の英雄・新田義貞(にった よしさだ)と共に奮戦し、新田四天王の一人に数えられる豪傑。その資質は彼女にも受け継がれたとか。

怪力で知られた篠塚伊賀守重広の勇姿。歌川国芳筆

ところでこの年は春ごろから化け物が出没するとの噂があり、当局は捜索に乗り出します。しかしその正体が明かされぬままだったので、人々は夜を恐れる日々を送っていました。

そんな6月10日の夜、あまりに蒸し暑かったので、伊賀局は庭に出て涼むことに。

しばらくすると、涼しい風が松の枝を吹き抜けます。風を袂に入れる心地よさに、伊賀局は即興の歌を詠みました。

涼しさを まつふく風に 忘られて

袂にやどす よはの月かげ

【意訳】待ちかねた涼しい松風に暑さを忘れ、袂に引き込む爽やかさは、夜半の月影に喩えられようか……。

すると、誰も聞いていないと思っていたのに、松の梢から古い歌を詠む声が聞こえます。

唯よく心静かなれば即ち身も涼し

【意訳】心さえ静かであれば、身体も涼しいものだ(が……)。

伊賀局が見上げると、そこには翼を生やした鬼が目玉を輝かせていました。恐ろしい姿に勇猛な武士でも腰を抜かしそうなものですが、彼女は毫も怯えず問いただします。

伊賀局の前に現れた鬼。月岡芳年「月百姿 吉野山夜半月」

「まことにその通り。心静かに身も涼しくありたいもの……時にそなたは何者か。名乗られよ」

すると鬼は意外と礼儀正しく、素直に名乗りを上げたのでした。

報われぬ基任の怨み

「我こそは藤原基任(ふじわらの もととう)にございます。かつてこの命と引き換えに女院(にょいん)様をお守りした者ですが、お経の一つも上げていただけないことをお怨み申し上げているのです」

女院とは亡き後醍醐天皇の寵姫・阿野廉子(あの れんし)を指し、その美貌を狙った北朝の高師直(こうの もろなお)に襲われたところ、基任はこれを防いで命を落としたのでした。

高師直(騎馬武者像)。

「あまりの無念が未練となって成仏を妨げ、こうして恐ろしい鬼の姿になってしまったのございます」

「……事情は分かりました。しかし女院様も決してあなたの献身を軽んじている訳ではなく、世の乱れに菩提を弔う余裕を失っておいでなのでしょう」

「そうであるなら、ご心痛を拝察いたしますが……」

「わたくしから女院様にこのことをお伝えいたし、一緒に弔って差し上げます。何のお経を上げたらよいでしょうか」

「ありがたい。ならば法華経(ほけきょう)をお願いいたします」

言うなり鬼は姿を消したのでした。伊賀局はさっそくこのことを女院に報告すると

阿野廉子。『先進繍像玉石雑誌』より

「あぁ、右衛門太夫(うゑもんのたいふ。基任)がそんなことに……もちろん忘れてはおりませぬ。本当に申し訳ないことをしてしまいました。お詫びの真心を込めて弔わせていただきましょう」

女院は翌朝から37日間にわたって法要を営み、法華経を上げたお陰で成仏できたのか、基任の鬼もそれっきり姿を見せることはなかったのでした。

めでたし、めでたし。

終わりに

以上は『吉野拾遺(芳野拾遺物語)』が伝える伊賀局と藤原基任のエピソード(伊賀乃つぼねばけものにあふ事)。奉仕は見返りを求めるものではないと解っていながら、やはり顧みられないのは寂しいですよね。

なお伊賀局の女傑ぶりは後にも発揮され、正平3年(1348年)1月に再び高師直が攻めて来た時、女院を背負って逃げたといいます。

「あぁっ、橋が!」

「お任せ下さい!」

大木を引っこ抜いて橋を作る伊賀局。『古今英雄技能伝』より

道中の川に架かった橋が崩れ落ちていたので、伊賀局は近くの樹木を何本もへし折って橋を作ったのでした(『吉野拾遺』同つぼねよし乃川にて高名乃事)。

こうした人々の献身的努力によって生かされ、支えられたことを女院が深く感謝したように、私たちも受けた恩義を忘れないよう心掛けたいものです。

※参考文献:

  • 山田雄司『跋扈する怨霊 祟りと鎮魂の日本史』吉川弘文館、2007年7月
  • 渡辺かぞい『古人の独り言』文芸社、2003年11月

コメント

タイトルとURLをコピーしました